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2023年8月に経済産業省が発表したレポートによると、食品EC市場の2022年の市場規模は2兆7,505億円であり、他分野の市場と比較して、最も大きい市場規模となっております。にもかかわらず、EC化率は4.16%と低く、EC利用が進んでいない分野であることがわかります。

このように、食品業界でEC化率が伸び悩んでいるのは、下記の5つの理由が考えられます。

① 実店舗で購入する方が早い
② 物流体制が整備されていない
③ 配送コストがかかる
④ 実物を手に取って確認できない
⑤ 日本ではまとめ買いの文化が根付いていない

しかし、とは言え元々の市場規模は他の分野よりも大きく、またコロナ禍を経て消費者のEC利用のハードルが下がったこともあり、今後、食品業界におけるEC化率が大きく伸長する余地は十分にあると考えられます。

今回は、forUSERS株式会社でコンサルをしている筆者が、食品EC市場の現状について大手の事例も交えて詳しく解説いたします。今後食品EC業界への参入をお考えの方も、ぜひご一読ください。

食品業界のEC市場の現状

まずは食品業界のEC市場の現状について解説します。下記は、経済産業省の統計による食品EC市場規模の推移です。

◆食品EC市場規模とEC化率の推移

食品EC市場規模推移(2014-2022)

EC市場規模 EC化率
2014年 1兆1,915億円 1.89%
2015年 1兆3,162億円 2.03%
2016年 1兆4,503億円 2.25%
2017年 1兆5,579億円 2.41%
2018年 1兆6,919億円 2.64%
2019年 1兆8,233億円 2.89%
2020年 2兆2,086億円 3.31%
2021年 2兆5,199億円 3.77%
2022年 2兆7,505億円 4.16%

上記のグラフを見ると、食品ECの市場規模はEC化率とともに年々右肩上がりに推移しております。しかしEC化率については、2022年のBtoC全体のEC化率である9.13%に対して4.16%と、上昇傾向にあるとは言え、低水準の推移を見せております。

下記は、物販系各分野の市場規模とEC化率の比較表ですが、食品業界は他と比較して最も大きい市場規模(2022年)を持っていますが、一方でEC化率は最も低く、消費者はECをあまり利用せず、店舗での購入がメインとなっていることがわかります。

◆物販系分野のBtoC-EC市場規模

2022年物販系分野EC市場規模(食品ハイライト)

引用:「電子商取引実態調査」、「令和4年度 電子商取引に関する市場調査 報告書」(経済産業省

コロナ禍が始まった2020年において、他業界ではEC化率が前年比で急増したケースが多く見られましたが、食品業界においては前年までと比べて上昇比率は高まったものの、「極めて大きく伸長した」とまでは言えません。

これについては、当時「緊急事態宣言」や「まん延防止等重点措置」が発令される中においても、スーパーマーケットは時短営業や休業要請の対象外だったことも関係していると考えられます。

食品業界でECの利用が進まない5つの理由

このように、食品業界においてECの利用がなかなか進まない理由は、下記の5点にあると考えられます。

理由① 実店舗で購入する方が早い

ECサイトでの購入は、配送にある程度の時間がかかってしまうため、どうしても即時性に欠ける部分があります。一般的に、食品はその日のうちに使うものの購入が多く、また買い足し・買い忘れも頻繁にあるため、すぐに食材を手に入れるには近くのスーパーやコンビニなどの実店舗で購入するほうが早いのです。

昨今では、Amazonフレッシュなど最短2時間程度で配送してくれるサービスも出てきましたが、それでも突発的なニーズには対応できませんし、いまだ対象エリアも非常に限定的なため、ECが実店舗に並ぶ利便性や即時性を獲得するにはまだまだ難しいのが現状です。

理由② 物流体制が整備されていない

前項で述べたように、食品ECにおいてはスピーディな配送が求められます。特に生鮮食品は鮮度を保つことが重要になりますので、低温保管に適した物流拠点の整備が必須となります。また、梱包資材なども、冷蔵・冷凍となると通常よりコストがかかります

このような設備を整えるには莫大なコストがかかるため、実現できる企業は限られてきます。そのため、多くの企業は積極的に参入することは難しく、食品を扱うにしても限られた商品になってしまいます。

スーパーと提携して店舗を物流拠点としてカバーしていくなどの工夫によって物流問題をクリアしていかないと、今後のECの利用促進には時間がかかるでしょう。

理由③ 配送コストがかかる

食品は、冷蔵・冷凍状態で配送するため通常より配送コストがかかる性質の商材です。例えば、下記は2023年2月現在のヤマト運輸の通常便とクール便の配送料です。

◆ヤマト運輸の通常便とクール便の料金比較(発送元・発送先ともに関東圏の場合)

60サイズ
(〜2kg)
80サイズ
(〜5kg)
100サイズ
(〜10kg)
120サイズ
(〜15kg)
通常便 930円 1,150円 1,390円 1,610円
クール宅急便 1,150 1,370 1,720 2,270

引用:ヤマト運輸サービスサイト

ECにおいて送料無料の場合でも、事業者はきちんと送料を負担しております。結局のところ、食品は単価が安い上に配送コストがかかるため、なかなか利益が出にくい商材なのです。

消費者としても、少量の食材を購入するのであれば、配送時間も送料もかからないスーパーやコンビニを利用するのが当然となってしまうため、EC利用者が増えない原因となるのです。

理由④ 実物を手に取って確認できない

食品を購入する際、特に野菜や肉・魚などの生鮮食品は、実際に手に取って確認したいという重要が大きい商材です。

例えば、実際にスーパーで「豚ばら100g」という商品がたくさん売っていますが、肉1枚のサイズや脂の入り方など、同じものは一つとしてありません。野菜にしても果物にしても、それぞれ微妙に大きさ、形、鮮度が違いますし、産地も異なります。

そういった情報を自分の目で見極めて、より良い商品を買いたいというニーズは実店舗でしか満たすことができず、そういった意味では、実物を手に取って確認することができないECは、食品との相性はあまり良いとは言えません。

もちろん「そこまでこだわらない」という消費者も多く存在しますが、ECサイトで生鮮食品を販売する際は、できるだけ商品の詳細情報が伝わる工夫をしなければいけません。

下記の記事によると、過去に日本政策金融公庫が行った消費者動向調査において、食品ECの事業者に対する要望として「生産者や商品の情報をもっと提供して欲しい」という回答が最も多く、34.7%を占めるという結果が出ております。

◆インターネット通販の事業者に期待すること

インターネット通販の事業者に期待すること

グラフ引用:消費者が食品ECに求めること…約3割が「生産者や商品の情報をもっと提供して欲しい」(ネットショップ担当者フォーラム)

理由⑤ 日本ではまとめ買いの文化が根付いていない

理由①でも触れましたが、基本的に食品の購入はその日のうち、あるいは2〜3日以内に使うものが多いです。これは文化による部分が大きいと考えられます。

魚介類や肉などを刺身にして食べる「生食文化」がある日本では、鮮度の高いものを高いうちに食すことが良しとされており、そういった食材を長期保存することはあまり好まれません。

また、日本という狭い国での住宅事情もあります。アメリカでは、一般家庭に「パントリー」と呼ばれる下記のような食糧庫が備え付けられており、まとめ買いした食材などを保存しておく文化がありますが、こういった文化が根付くのも、アメリカの国土と住宅の広さが前提にあるものでしょう。

◆パントリー(フォト素材サイトより)

パントリー

まとめ買いの文化がない(まとめ買いできる空間的余裕がない)日本においては、食料品は必要な分だけこまめに調達するのが基本となっており、そういった点からフットワークの重くなるECサイトの利用は避けられる傾向にあると考えられます。

大手ネットスーパーから学ぶ食品EC運営のポイント

それではここで、大手の食品ECサイト(ネットスーパー)の特長から、食品ECサイトを運営する上でのポイントをいくつか紹介いたします。

最初にエリア担当店舗を確定させる

イオンネットスーパーでは、ECサイトに入ると最初に会員登録が求められます。すぐに買い物ができるわけではありません。会員登録することで、ユーザーの住所が明らかになるので、そこから配達可能エリアの店舗に振り分けられ、優先的に表示されるようになります。イトーヨーカドーやライフ、ダイエーなども、ECサイトで最初にユーザーの住まいの郵便番号が求められます。

◆イオンネットスーパーのTOP画面

イオンネットスーパーTOP

ネットスーパーの場合、基本的に各エリアの店舗や配送センターから商品が発送されるようになっております。時間をかけて商品を選んだ末に配送ができないことがわかった場合、ユーザーの時間を無駄にしてしまうことになります

気持ちよくスムーズに買い物をしてもらうためにも、事前にユーザーの居住エリアでセグメントを掛けておくのです。

ポイント施策でEC利用を促進

小売業において、購入金額に応じてポイントを付与するポイント施策は、サービスの利用を促進させる重要な施策のひとつです。大手ネットスーパー各社でも、下記の通りポイント還元を行っております。

◆大手ネットスーパーのポイントサービス比較

付与されるポイント 基本還元率
楽天西友ネットスーパー 楽天ポイント 100円につき1ポイント
イトーヨーカドーネットスーパー nanacoポイント 200円につき1ポイント
イオンネットスーパー WAON POINT 200円につき1ポイント
マルエツネットスーパー Tポイント / イグニカポイント ・Tポイントは200円につき1ポイント
・イグニカポイントは100円につき1ポイント
ライフネットスーパー ライフのポイント 200円につき1ポイント
ベルクネットショップ ベルクカードポイント 200円につき1ポイント
ダイエーネットスーパー WAON POINT 200円につき1ポイント

上記は通常時の還元となっておりますが、各社とも「ポイントアップデー」や「対象商品ポイント◯倍」など、様々なポイントアップキャンペーンを定期的に行っており、このような付加価値のあるサービスを提供することで、ECの利用促進につなげております。

店舗受け取りサービスにより時短でお買い物

アパレルなど多くのBtoC-ECサイトでは、店舗受け取りサービスが実施されております。これは、ECサイトで購入した商品を、店舗で受け取るといったサービスですが、イオンネットスーパーでも店舗受け取りサービスを行っており、受け取り店舗をユーザーの居住エリアの担当店以外でも選択できるようになっております。

また、受け取り方法が「店内の指定カウンターでの受け取り」「車に乗ったまま受け取り」「店内ロッカーで受け取り」の3種類あり、いずれもレジに並ぶ必要がないので、混雑する時間帯でも素早くピックアップが可能です。

これは「ECは配送時間がかかる」という弱点をクリアし、かつ「普通に店舗で買い物をするより時短で買い物ができる」といった点から、今後、EC利用を大きく推進させる施策になると筆者は予想します。

参考:店舗・宅配ロッカー受取りサービス(イオンネットスーパー)

ユーザーのニーズに応える配送サービス

食品、特に生鮮食品は可能な限りすぐに欲しいというニーズが強く、「2〜3日中に届けばいい」「不在時は宅配BOXに入れておいてくれればいい」といったユーザーはあまりいないでしょう。

そのため、ユーザーが注文してから手元に届くまでのリードタイムをいかに縮めるかが、ネットスーパーのサービスの品質につながりますし、食材の鮮度を保つといった意味でも重要な要素になってきます。

Amazonフレッシュでは、お届け時間を8時から24時の間で2時間ごとの時間指定が可能となっており、最短約2時間で配達が可能となっております。さらに、一部エリアにおいては追加料金(+500円)で1時間単位の時間帯指定も可能で、可能な限り速く確実にユーザーに届けるための配送サービスが提供されています。

ただ、現在Amazonフレッシュの対象エリアは東京、神奈川、千葉の一部エリアに限定されております。これは、対象外エリアをカバーできる物流拠点がないためにショートスパンの時間設定ができず、鮮度に対するコミットも難しくなってくるためでしょう。

しかし、これまでAmazonフレッシュの物流拠点は神奈川県川崎市にある「Amazon川崎フルフィルメントセンター」の1拠点だけだったのですが、2022年11月、東京都江戸川区に新たな物流拠点である「Amazonフレッシュ 葛西フルフィルメントセンター」が開設され、今後のサービス対象エリア拡大につながっていくことが期待されます。

参考:Amazonのネットスーパー | 生鮮食品を最短約2時間でお届け (アマゾン)Amazonフレッシュ、新たな物流拠点を東京に開設(2022年11月9日)(PR TIMES)

食品をECサイトで取り扱う際の3つの注意点

食品は人間の口に入るものなので、商材の取り扱いや管理は慎重に行わなければいけません。また、販売品目によっては資格や許可が必要となる場合がありますので、注意が必要です。

注意点① 関連法律や営業許可等の確認

まず、食品をECサイトで販売するには、下記の資格と許可が必要になります。

・食品衛生責任者資格
・食品衛生法に基づく営業許可

また、ECサイトで取り扱う商材によっては、実店舗ですでに販売していたとしても別途資格や許可が必要な場合があります。

例えば、アルコールを販売する場合は、所轄の税務署に「通信販売酒類小売業免許」を取得しなければいけません。また、免許を取得したとしても扱える酒類品目には制限があり、国内酒であれば、年間販売量が3,000キロリットル以上のいわゆる大手蔵元のお酒は扱えません。つまり基本的に地酒のみの販売となります。ちなみに輸入酒については制限はありません。

申請から許可が降りるまで数ヶ月かかる場合もあり、お酒の販売には時間と手間がかかりカンタンではありません。必要書類の詳細は、国税庁のホームページより下記手引きをご参照ください。

参考:通信販売酒類小売業免許申請の手引(国税庁)

注意点② 衛生管理の徹底

食品販売を行う上で最も注意すべきは、鮮度を保ち、徹底した衛生管理体制を作ることです。万一、食中毒などの健康被害が発生した場合は、自社の致命傷となることは間違いありません。

そのため、湿度や温度を適切に保つことができる清潔な保存場所と、同じく鮮度を保ったまま配送できる物流を確保することが重要です。しかし、特に小・中規模企業者にとっては、自社でそのような管理体制を敷くことは難しいですから、その場合は専門業者に外注するのが良いでしょう。

また、消費期限が過ぎてしまったものについては、当然販売はできず廃棄コストもかかってしまうので、余分な在庫を抱えてしまわないよう、在庫管理にも注意する必要があります。

なお、2021年よりすべての事業者において食品販売を行う際は、HACCP(ハサップ)という衛生基準に則った衛生管理が義務付けられていますので、必ず事前に内容を確認しておくようにしましょう。

参考:HACCPに沿った衛生管理の制度化について(厚生労働省)

注意点③ ラベルの表示内容の明示

食品を製造する際は、食品表示法により食品情報の表示ラベルの貼付が義務付けられております。ECサイトは食品表示基準の適用範囲外ではありますが、商品ページに同様の情報を掲載しておくべきでしょう。

消費者庁でも、食品表示基準に則った表示項目をECサイト上でも掲載することを推奨しており、2022年6月にECサイトでの食品表示に関するガイドブックを公表しましたので、下記リンク先で確認しておくようにしましょう。ちなみに、具体的な掲載項目と表示ポイントは下記の通りです。

◆食品表示情報の提供方法

・期限情報
・食物アレルギー情報
・原材料関連情報
・産地情報(原産地、原産国名、原料原産地名など)
・保存方法
・栄養成分表示
・その他の情報
・ECサイトの全体デザイン・共通する考え方(ページの上段で提供することが望ましい情報など)

引用:インターネット販売における食品表示の情報提供に関するガイドブック(消費者庁)

サイト上にも食品情報を表示しておくことで、ユーザーに安心感と信頼感を与え、購入もしやすくなります。また、商品に関する問い合わせなども減るはずです。表示する際は、実際の商品に表示されている情報と齟齬がないように、正確にわかりやすく表示することを心がけなければなりません。

食品業界のEC利用率は日本全体のEC利用率に直結する

コロナ禍の影響により、物販業界全体においてEC利用が促進されました。食品業界においても2020年~2022年のEC化率は例年よりも伸び率が上がりましたが、数字を見ると4.16%と低く、物販全体の9.13%と比べてもEC利用は他業界より進んでいないと言わざるを得ません。しかし、一方で市場規模自体は他業界と比較しても大きく、今後EC化率を高める余地は十分にあると考えられます。

日本のEC利用率は上昇傾向にあるとは言え、海外と比べても遅れをとっているのが現状です。そのような中で、生活の中心である食品業界のEC化を推進しEC化率を高めていくことは、日本全体のEC利用率の底上げにつながることになりますし、そこから革新的なサービスを生み出し、国際競争力を上げるきっかけにもなるはずです。

食品は取り扱いが難しく、EC運営においても在庫管理や物流などコストがかかる分野ではありますが、アウトソーシングや、楽天と西友のように既存店舗との連携などの工夫によってクリアできれば、大きな成果を出すことも可能となるでしょう。