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香りがわからないECサイトで、香水の売上を高めているブランドが増えております。

香水(フレグランス)は、化粧品に分類される商材ですが、昨今、香水市場が注目されてきております。もともと日本人は欧米人とは異なり無香料を好む傾向があり、積極的に香りを楽しむ文化といったものは、あまりありませんでした。しかし、ファッション文化の隆盛とともに、身にまとう香りも身だしなみのひとつとして取り入れられ、香水が普及していきました。

とは言え、基本的に香水の需要は女性中心のものでした。しかし、昨今のコロナ禍をきっかけに、自宅にいる時間をより快適なものにしようと、男性もルームフレグランスを求めるようになり、現在では化粧品市場の中でも香水の需要が全体として高まっております。

そのような香水市場の背景において、特にECではどのような取り組みが行われているのでしょうか。本日は、forUSERS株式会社でコンサルをしている筆者が、香水EC市場について詳しく解説いたします。

香水業界の国内市場規模

まずは香水を含めたフレグランス市場の市場規模についてですが、富士経済が実施した調査によると、2022年のフレグランス市場は444億円(前年比8%増)であり、2023年は482億円(前年比8.6%増)を見込んでおります。

また、主に身にまとうライトグレグランスであるオードパルファン・オードトワレの同年の市場規模は、314億円(前年比11.3%増)であり、2023年は344億円(前年比9.6%増)を見込んでおり、このようにフレグランスの市場規模は拡大傾向にあります。 

2022年 2021年比 2023年見込 2022年比
フレグランス 444億円 108.0% 482億円 108.6%
オードパルファン・オードトワレ 314億円 111.3% 344億円 109.6%

グラフ引用:スキンケア化粧品、フレグランスの国内市場を調査(富士経済グループ)

EC市場について

そして、EC市場については、香水に限定したデータはありませんでしたが、親カテゴリーとなる化粧品については、下記グラフの通りEC市場規模はEC化率と共に堅調に推移しております。医薬品も含んだグラフのため一概に言えませんが、コロナ禍をきっかけに、今までECを利用してこなかったユーザーがECを利用しはじめたことで今後も化粧品ECは増加傾向になると予測されます。

◆化粧品(医薬品含む)のEC市場規模とEC化率の推移

化粧品EC市場規模推移(2014-2022)

参考記事:化粧品業界でEC売上を高めるための5つの施策

株式会社矢野経済研究所によると、化粧品市場をカテゴリー別に見たとき、2020年度ではフレグランス化粧品市場が構成比1.2%と最も少ないカテゴリーではありますが、先に述べた通り、コロナ禍による香り商材の需要増とEC利用の高まりにより、フレグランスEC市場も成長傾向にあると考えられます。

下記記事の中では、ECサイトにおいてはリピート購入中心から新規開拓が進んでいるとの記載があります。

購入前に香りを確認するニーズが高いことから従来は店頭購入がメインであり、通信販売はリピート顧客が多かったが、SNSでの情報発信をきっかけに定番アイテムのミニサイズを通信販売で購入するケースもみられ、新規ユーザーの開拓が進んでいる。(「化粧品マーケティング要覧2022 №1」より)

引用:香水EC市場に新たな風! テクノロジーで香水のファンマーケティングに成功した「カラリア」の独自戦略とは(ネットショップ担当者フォーラム)

中国でも香水市場が拡大傾向に

海外の市場概況については、欧米、特に北米などは、香りの文化がライフスタイルに組み込まれており、高級香水市場において巨大なシェアを占めておりますが、アジア圏では、近年では中国において高所得者層を中心に人気が高まっており、市場が拡大傾向にあります。

下記記事によると、2015~2020年の年平均成長率は約15%でしたが、今後5年以内に年平均成長率は22%になる見込みで、世界のフレグランス市場の約3倍の成長率になるとされております。

中国の大手ECサイト「Tモール(TMALL)」では、香りを可視化するサービスが展開されており、フレグランスや香りの原料に関するデータベースから、個人にカスタマイズした香水を、イメージとなる画像とともに提案します。

「香りがわからない」というECサイトにおける致命的な弱点を、テクノロジーを利用して視覚に変換することでECサイトでの購入を促進しております。デジタル化に勢いのある中国ならではの先進的なサービスと言えます。

◆フレグランス可視化サービス「セント ビジュアライザー」のイメージ

セントビジュアライザー

©︎FAIRCHILD PUBLISHING, LLC

引用:プーチ、中国大手EC「Tモール」と協業し香りを可視化するデジタルツール導入 中国フレグランス市場拡大が狙い(WWD)

香水ECの3つの課題

香水のEC市場は拡大傾向にあるとは言え、現状はいまだ小さい市場であり、香り商材という特殊性もあり、今後クリアしていくべき課題もあります。以下に大きな課題の3つを解説いたします。

課題① ECサイトでは香りがわからない

ECサイトでは商品を手に取って確認できないため、「香り」を商材そのものとする香水は、率直に言ってしまえばEC販売に最も向いていない商材のひとつと言えます。そのためECサイトでの購入においては、ほとんどがリピート購入となっており、信頼のある有名ブランドだとしても、新規購入は非常にハードルが高いのです。

そのため、先に述べた中国のTモールのようなテクノロジーを駆使して視覚に訴えかけて新規購入に結びつけるなどのユニークな手法もありますが、導入コストもかかるため、あまり現実的はないでしょう。

そこで、例えばリピート購入者に、2〜3回分使える小ビンで新商品の香水を同梱したり、ECサイトの会員向けに、小袋を同梱したDMなどを送付するなど、地道に新商品をアピールしていく必要があります。

課題② 偽造品が流通している

オードパルファンやオードトワレ、コロンなどの香水は、高級ブランドから展開されている商品が多く、偽造品も多く流通しており問題となっております。そのため、むやみにECサイトで購入するよりは、ブランドの直営店や信頼性のある店舗で購入したいと考えるユーザーが一定数いることは間違いないでしょう。

そのため、ブランド香水を扱うモールやセレクト系のECサイトは、ブランドと協力してブランド認証システムを導入し、認証マークやラベルなどを商品に貼り付けたり、商品に専用のシリアル番号を付与するなどして正規品であることを保証するなどの対策が必要になります。

そして、商品の流通経路も含めて正規品であることをエビデンスとともにユーザーに明示することが重要になります。

参考:激化する「偽の香水」を巡る闘いと、テクノロジーで対抗する高級ブランド(WIRED

課題③ 香りに対する個人差がある

課題①でも述べた通り、ECサイトでは香りがわからないため、試供品を提供したり、商品説明においてできるだけ詳細に香りのイメージを伝えることが重要ですが、どうしても香りには個人差があり、同じ香水でも人によって香りの印象が異なるため、表現には注意する必要があります。

ブランドイメージとして「爽やかな」「大人のような」と表現することも大事ですが、原料など香りを構成する成分を明記したり、似た香りを持つ商品を提示してあげるなどして、具体的な情報も記載することで、香りに対する個人差にも対応すべきです。

また、後述しますが、商品レビューを募集して、多くのユーザーの使用感と年齢・性別などの購入データを平均化することで、好みの香りに出会いやすくなる仕組みを作り、個人差のギャップを埋めるという手法を実践しているECサイトもあります。

フレグランスブランド3社のECへの取り組み

このように、香り商材をECサイトで販売するには「香りがわからない」という大きなハードルがありますが、EC各社は様々な施策により、その課題解決に取り組みながら売上を上げております。ここでは、香水をユニークな手法でEC販売する3社の事例を紹介いたします。

① SOPHIE&MIRA / 徹底した世界観の作り込み

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SOPHIE & MIRA(ソフィー アンド ミラ)

香水をECサイト上で販売する際は、香りがわからない分、商品やブランドが持つイメージや世界観が重要な要素となってくる場合があります。香りにこだわりを持って購入するユーザーもいれば、「ここの商品は世界観が自分のイメージにぴったり」「パッケージがかわいい」など、ブランドの印象で購入を決めるユーザーも少なからずおります。

筆者の妻に聞くと、好きなコスメブランドの香水を「ブランドが好きだから」という理由で、ECサイトで新規購入をした経験があるそうです。そのため世界観の構築も重要となります。

コスメブランドのSt.Marine(セイント.マリン)が展開する香りをテーマにしたブランド「SOPHIE & MIRA(ソフィー アンド ミラ)」では、ECサイトや商品パッケージをビクトリア様式のデザインで統一しており、フランス発祥を全面に押し出したブランドストーリーのページや動画を設けていたり、商品名にはフランスの古地図にある日本の地名を付けるなど、徹底した世界観の構築を行うことで、視覚からユーザーが香りをイメージできるほどに昇華されております。

同サイトでは、「香水診断」も行っており、肌質や洋服のタイプ、目的や気分から、自分の好みに合った商品を探すことができます。このように、ブランドイメージに頼るだけではなく、しっかりとデータに基づいた商品提案もしてくれております。

◆香水診断

sophieandmira肌診断

② COLORIA / 香りのサブスクリプションサービス

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COLORIA(カラリア)

近年、サービスのひとつの形としてサブスクリプション(サブスク)がトレンドとなっております。サブスクは、いわゆる定期購読のようなもので、商品に対して代金を支払うのではなく、一定期間サービスを利用する権利に対して代金を支払う仕組みです。

フレグランス専門のECサイト「COLORIA(カラリア)」では、約1,000種類の高級ブランド香水やルームフレグランス、バスグッズなどの香り商品を毎月試せるサブスクサービスを展開しております。1種類を1ヶ月で使い切れる容量(4ml)で提供しており、プラン別に毎月1〜3種類の商品を試すことができます。

安価に色々な香りを楽しめる手軽さから、ECサイトを開設した2019年から約4年で、約50万人の会員を獲得しております。コロナ禍の香り商品の需要増にうまく嵌まったこともありますが、「香りがわからないために購入しづらい」というECサイトにおける課題に対して、サブスクリプションといった形で対応し成功した好例と言えるでしょう。

また、カラリアでは50万人の会員の購買データとレビューの取得に力を入れており、購入者の年齢や性別、趣味・嗜好と、設問式のレビューを集めてデータベース化し、ユーザーに最適な商品の提案に活用しております。データが増えれば増えるほど、商品提案の精度が上がっていき「香りの感じ方の個人差」のギャップが埋められていく仕組みが作られております。

この事例から、実際の商品を手に取って確認できないECサイトで売上を高める施策のひとつとして、サブスクリプション方式は今後様々な分野のECにおいて普及していくであろうと筆者は予測しております。

参考:香水EC市場に新たな風! テクノロジーで香水のファンマーケティングに成功した「カラリア」の独自戦略とは(ネットショップ担当者フォーラム)

③ Glossier(グロッシアー) / レビューを活用した販売促進とファン作り

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Glossier(グロッシアー)

海外のサイトになりますが、「Glossier(グロッシアー)」はアメリカで大人気の美容ブランドです。コロナ禍にも順調にフレグランス商品のEC売上を伸ばしたGlossierのECサイトでは、前の事例の「COLORIA」同様にレビューの収集に注力しており、レビュー数も数百〜数千と膨大な数に登る商品もあります。

一般的なECサイトでは、レビューは商品ページの比較的下のほうに設けられておりますが、同サイトの商品ページでは、カートインのボタンのすぐ下に設けられており、すぐにユーザーの目に入る位置にあります

また、Glossierは多くのユーザーからレビューを集めることで、このように商品の販売促進のツールとしてだけでなく、新商品の開発にも活用しております。ユーザーの意見を取り入れながら新商品を開発することで、そのブランドの商品に愛着がわき、商品の売上に貢献する心理で購入するユーザーも出てきます。その結果、ユーザーはブランドの「ファン」となり、リピート購入につながっております。

レビューをこのように活用することで、香りがわからないECサイトでのハードルを、ユーザーレビューの活用により越えた好例と言えるでしょう。この事例は、香水ECにかかわらず「ファンの育成」がいかに大事かということがわかる事例です。

香りがわからないECサイトでも売上を高める方法はある!

香水EC市場は、いまだ市場規模自体は小さいものの、コロナ禍のおうち時間による需要増をきっかけに注目を集め、拡大傾向にあります

基本的に「香り」が商品価値のほぼ全てを決定する商材である特性上、ECでは相性の悪い商材と言えますが、今回紹介した国内外のEC各社の取り組みのように、テクノロジーや販売手法の工夫により、その高いハードルを越えて売上に結びつけることも可能なのです。

コロナ禍以前の生活が戻りつつある今、外出する機会が増えるとともに、今後は身にまとう香水の需要もますます増えてくるはずです。その中においても、ECサイトで香り商材を販売するのは容易ではありませんが、試供品の提供やレビュー収集など、ユーザーとの密接なコミュニケーションに売上を高める糸口があると筆者は考えます。