メガネ業界のEC化を進めるJINSとZoffの5つの戦略

近年のメガネ業界ではEC販売に注力する会社が増えてきました。中でも大手の「JINS」や「Zoff」では、特にECでの販売に注力しており、様々な施策を展開しています。

ただ、業界のEC化率としては、直近の決算 において「JINS」は6.5%、「Zoff」は7.2%と物販系分野全体のEC化率9.38%(経済産業省:令和5年度電子商取引に関する市場調査)と比較すると低い状況です。

EC化が進まない主な理由は、「メガネは店舗で買うもの」という固定観念が強いこともありますが、より具体的な理由としては下記の5つがあります。

◆メガネ業界でEC化が進まない5つの理由

これらのハードルの一部は、AI(人工知能)やAR(拡張現実)などの進歩により対応がなされてきていますが、完全にクリアするにはしばらく時間がかかりそうです。

一方で、そのような中でも「JINS」や「Zoff」はEC化に注力し、成長を継続しています。「JINS」と「Zoff」のEC化を促進する戦略は主に下記の5つです。

「JINS」と「Zoff」のEC化を促進する5つの戦略

本日は、メガネ業界でEC化が進まない理由とともに、ECに注力している会社の戦略を中心にみていきます。

EC化に注力するメガネ業界大手でもEC化率は約7%と低い

メガネ業界単独でのEC化率は集計されていませんが、業界の大手である「JINS」と「Zoff」の直近3年間のEC化率(売上高に対するEC関連売上の比率)とEC売上は下記グラフのようになっており、EC化率は7%前後で推移しています。両社ともEC化率に大きく変化はありませんが、全体の売上が伸びていることで、ECの売上は年々増加しています。

「JINS」と「Zoff」のEC売上/EC化率の推移グラフ(Zoffは運営会社のインターメスティック社の数値)

※2025年は予測値 参考:ジンズホールディングス2024年8月期決算説明資料インターメスティック2024年12月期決算説明資料

一方で、経済産業省による令和5年度電子商取引に関する市場調査によると、物販系分野におけるBtoC-EC市場規模のEC化率は全体で9.38%となっており、「JINS」や「Zoff」のEC化率約7%というのは、そちらより低い数値です。

2022年、2023年の各分類における物販系分野のBtoC-EC市場規模

参考:経済産業省 令和5年度デジタル取引環境整備事業(電子商取引に関する市場調査)

分類の中で「生活家電、AV機器、PC・周辺機器等」や「書籍、映像・音楽ソフト」分野の40%~50%程度のEC化率と比べると、EC化率が一桁というのはかなり低いと言えます。しかも、「JINS」や「Zoff」という業界の中でEC化に注力する企業でもEC化率は約7%であり、ECを取り入れていない競合他社や個人店などを含めると、メガネ業界のEC化率はもっと低い数値と推測されます。

メガネ業界でEC化率が低い5つの理由

メガネ業界でEC化率が低い主な理由は下記の5つであると筆者は考えています。

理由① 正確な視力測定ができない

メガネには「視力に合わせた度数のレンズ」が必要であり、そのためには正確に視力を測定しなければなりません。しかし、正確な視力を測ることは現状のECでは難しく、眼科や店舗で視力を測定する必要があります。一部のアプリでは視力の簡易測定サービスを提供していますが、正確ではありません。

また、視力は時間とともに変化することがあり、その度に測定してもらいに眼科や店舗へ訪問する必要があるということもEC化の妨げになっています。

理由② フィッティング感がわからない

メガネは「視力の補正」も重要ですが、長時間装着するため掛けた感じ(フィッテング感)も非常に重要です。耳の形や鼻の高さは人によって様々であり、メガネの微妙な調整が個々に必要です。そのような調整が現状のECでは難しいという点があります。

また、メガネのフレームなどの素材についても、EC上での確認が難しく、実際に手にとって確認したいという点もあります。

理由③ 似合うかどうかがわからない

メガネはファッションの一部という側面があり、見え方やフィッティング感も重要であるのと同様に、「自分に似合うか」という点も重要です。実際にかけてみて、様々な角度から確認することで、多くの人は自分に似合っているかを確認します。

近年ではECの中に画像処理やARの技術を取り入れて、実際にかけた画像を表示する機能もありますが、まだ十分に浸透しておらず、やはり実物を確認したいというニーズが多いです。

理由④ 細かい相談に対応できない

メガネによる見え方に対する要望は人それぞれであり、必ずしも視力に適したレンズが選ばれるわけではありません。人によっては、見えすぎると疲れるため度を抑えたいとか、遠くよりも近くをはっきりと見たいなど、要望は様々です。

そのような要望をスタッフに相談しながらメガネを作りたいというニーズは多いです。ECにおいてもAIやチャット機能を用いて、そのような要望に一部対応していますが、十分には対応できていないという現状があります。

理由⑤ 購入頻度が低く、投資の回収が困難

一般的にメガネの購入頻度は1~3年に1回程度と低く、消耗品のように定期的に買い替えるものではありません。そのため、ECのプラットフォームを構築・運用するための投資と、それによって得られる売上・利益という回収のバランスが取りづらい業界です。

結果として、多くの企業が「まずはリアル店舗中心の堅実経営を維持しよう」となっており、ECへの本格的シフトが進みにくい状況となっています。

メガネ業界ではEC化に注力する「JINS」と「Zoff」が右肩上がりの成長を継続

上記のようにEC化が他業種に比べて遅れているメガネ業界ですが、EC化を積極的に進めている「JINS」と「Zoff」は下記のように右肩上がりの成長を継続しており、競合他社に比べて勢いがあります。

メガネ業界大手4社の売上高の推移グラフ

※2025年は予測値 参考:ジンズホールディングス有価証券報告書インターメスティック有価証券報告書パリミキホールディングス有価証券報告書愛眼有価証券報告書

上記のように、老舗の「パリミキ」や「愛眼」の売上高はほぼ横ばいに対し、「JINS」と「Zoff」は年々売上高を伸ばしています。前述より両社ともECによる売上高は年々増加しており、ECでの拡販に注力することで、全体の売上高の増加にもつながっています。

 

「JINS」と「Zoff」のEC化を促進する5つの戦略

「JINS」と「Zoff」に共通するEC化を促進する主な取り組みは下記の5つです。

戦略① 度が入っていないメガネ(度なしメガネ)の拡販

視力測定が不要な「度なしメガネ」は、EC販売へのハードルが低いため、両社とも拡販に注力しています。

度なしメガネの具体的な拡販としては下記のような戦略があります。

・ファッションアイテムとしての訴求

メガネは視力矯正ではなく、ファッションの一部として「着替えるメガネ」というコンセプトにより、気分や服装のコーディネートに合わせて、複数のメガネを使い分けることを提案しています。ファッションのトレンドに合わせた商品を定期的にリリースすることで、若年層や女性層にアプローチしています。

・機能性を重視した製品の訴求

増加しているテレワークやスマホ利用のために、近年需要が増加しているブルーライトカットメガネやUVカット・花粉症対策用などに特化したメガネのラインナップを強化することで、ECでの販売増加につなげています。また、コロナ禍後に需要が増加しているサングラスについても、レンズの多機能化やアウトドアシーンでの機能性を高めた製品を展開し、幅広い顧客層にアアプローチしています。

・コラボレーション商品の展開強化

Zoffではアニメ「呪術廻戦」「ハイキュー」や、ゲーム「ファイナルファンタジー」など、JINSでも「ディズニー」や「スヌーピー」など人気キャラクターとコラボするなど、コラボレーション商品の展開を強化することで、各コンテンツのファン層を取り込みEC拡販につなげています

戦略② バーチャル試着を強化

メガネは実際にかけてみないとわからない!というハードルをクリアするために、「JINS」「Zoff」ともにオンライン上で装着感がわかる「バーチャル試着」に力を入れています。

JINSは「JINS Virtual Fit」として、「JINS BRAIN」という独自開発のAIにより、個々の顔の立体感から頬骨や花の高さを分析、フレームを微調整しながら画像表示し、似合い度の診断まで行っています。ファッションに不安がある層へのアドバイスも可能としています。Zoffの「Virtual Try-On」はAR(拡張現実)の活用により、カメラに映った自分の画像にメガネを表示し、自分の動きに合わせて画像も動くことで実物に近い装着感を再現しています。

両社ともAIやARの活用により、オンライン上で現実の装着感をできる限り表現することで、自宅にいながらにして購入が完結できる仕組みを構築しています。

戦略③ 視力情報のオンライン連携

「JINS」「Zoff」ともに自社のアプリと店舗で測定した視力の情報を連携することにより、過去に測定した情報を基に簡単にオンラインで注文ができるようになっています。また、眼科で受付された処方箋の画像をスマホのカメラで読み取ることでアプリと連携され、スムーズな購入を可能としています。

戦略④ EC限定商品・キャンペーンの展開

ECでの限定フレームやレンズオプションをラインアップし、コラボ商品の先行販売を行うなど、EC購入による特別感を打ち出すことで、拡販につなげています。また、リアル店舗では扱いが終了した旧モデルや滞留在庫などをアウトレット商品としてリーズナブルな価格で売ることで、効率的な販売につなげています。

戦略⑤ リアル店舗とのシームレスな連携

ECとリアル店舗をシームレスに連携させることで、EC販売によるハードルを下げています。具体例としては、ECで購入したフレームにリアル店舗でレンズを入れることで、細かい調整と購入時間の短縮を可能とすることなどがあります。また、店舗在庫をEC上で確認して、リアル店舗で取り置きを行ってもらうなどし、購入時の効率化につなげています。

メガネのサブスクサービスは苦戦

あらゆる業界において月々定額で利用する「サブスクサービス」が浸透する中、メガネ業界でもサブスクサービスを展開する会社があります。

メガネの田中は月額2,000円~3,000円という月々定額でメガネを利用できる「NINAL」というサブスクサービスを展開し、定期的なメガネの入れ替えやレンズの交換に対応しています。高額なフレームやレンズにも対応しており、初期費用を抑えたいというニーズにも対応しています。

しかしながら、メガネのサブスクサービスを展開しているのは、メガネの田中やメガネスーパーなどの一部の店舗に限られ、一般的には普及していません。メガネのサブスクが普及しない理由は、Zoffなどの低価格で高品質なメガネが出回ることで、価格メリットを感じにくいことや、年に何回も買い替える人が少ないということがあります。

サブスクサービスはECとの親和性が高いため、今後ECの利用が増えて、月額1,000円以下など利用料が安価となれば、メガネのサブスクの利用が増える可能性はあります。

メガネ業界のEC化を加速させる4つの次世代技術

他の業界よりもEC化率が低いメガネ業界ですが、AIやARなどの技術がより進化することでEC化が加速しそうです。メガネ業界のEC化に寄与する具体的な次世代の技術は下記の4つです。

次世代技術① オンライン視力測定技術

一部の企業では、スマートフォンやPCを利用したオンライン視力測定サービスを提供していますが、現状では精度が低いです。眼科やメガネ販売店の店舗で測定するのと同等の精度までオンラインで対応することができれば、店舗に訪問せずオンラインで購入が完結できるようになります。

正確な視力を測定するには、近視の他に、遠視、乱視、斜視なども測定する必要があり、オンラインでの直近の実現は難しいですが、今後技術が進歩し、ECサイト上に実装されればECでの購入比率は飛躍的に高まりそうです。​

次世代技術② バーチャル試着技術

AR技術を活用したバーチャル試着機能はJNSやZoffでも提供されていますが、精度としてはまだ向上の余地があります。具体的にはより精度の高い3D描画を実現し、鏡で見るような試着体験ができるようになれば、ECでの購入に拍車がかかると思われます。

また、リアルに限りなく近いバーチャル試着の画像をSNSのシェア機能で連携することで、家族や友人の意見を聞きながらオンラインで購入するというユーザーも増えると考えられます。

次世代技術③ バイオセンシング技術

メガネのフレームや鼻パッド部分にセンサーを内蔵することで、日常的に様々な健康データを取得します。具体的には、心拍数・血圧・血中酸素濃度や眼圧・ドライアイの兆候などを測定し、スマホアプリと連携することで健康状態を把握するとともに、異常時にはアラートを出します。また、睡眠時の姿勢や呼吸、平常時の目の疲れなどを可視化することにより、健康促進に役立てます。

バイオセンシング技術を盛り込んだ健康器具としてのメガネが普及することで、視力矯正が不要なユーザーへも訴求でき、メガネの需要も増えると考えられます。そうなれば自ずとECでの購入増加にもつながりそうです。

次世代技術④ アダプティブレンズ技術

焦点距離を自動調整できる液晶型・電気調節型のアダプティブレンズの開発が進行しており、実用化すればひとりひとりの目の状態に合わせて自動でピントを合わせる夢のようなメガネができます。そうなると、個々に視力を測定する必要がなくなることで、度なしレンズのように店舗に訪問する必要性が低くなり、ECでの販売がより進みそうです。

ECに注力し、新機能を搭載したメガネを産み出す「JINS」は株式市場での評価も右肩上がり

「JINS」では、2025年2月に「JINS ASSIST」という手を使わずにPC操作を可能にするという新機能を搭載したメガネを発売しました。「JINS ASSIST」はメガネのフレームに付けられたセンサーにより頭の小さな動きでデジタルデバイスを操作でき、長時間のデスクワークの疲労軽減につながるとともに、手の不自由な方でもクリエイティブな作業ができるという、従来に無い価値を提供しています。

「JINS ASSIST」はJINSのオンラインショップで主に販売されており、オンラインでの販売比率がさらに高まりそうです。このようにECに注力しながら、付加価値の高いサービスを提供し続ける「JINS」は株式市場での評価も右肩上がりです。参考までに「JINS」とメガネ業界老舗の「パリミキ」において、株式市場での評価指標のひとつである時価総額の推移を下記にグラフ化しました。

「JINS」と「パリミキ」の直近2年間の時価総額推移

参考:時価総額データはYahooファイナンスより

1930年創業の老舗「パリミキ」の時価総額はほぼ横ばいに対し、「JINS」の時価総額は右肩上がりです。これは、ECに注力し今後もオンラインでの販売が伸びていくことを見込んだ投資家からの期待の表れといえます。ちなみに、直近の2025年5月10日におけるメガネ業界大手上場4社の時価総額は下記のようになっており、ECに注力する「JINS」と「Zoff」が1,2位となっています。

メガネ業界大手上場4社の時価総額(2025年5月10日時点)

参考:時価総額データはYahooファイナンスより

直近の売上では「パリミキ」の499億円に比べて「Zoff」の売上は448億円と小さいものの、時価総額では「Zoff」のほうが大きく上回っており、「JINS」と同様に「Zoff」も投資家の期待の高さが見受けられます。「JINS」と「Zoff」の今後については、ECを活用した各種施策により、今後の成長が期待できるという株式市場の見立てがあります。

最後に

メガネ業界のEC化率は現時点においては、他業種に比べて低い数値ではあります。しかし、「JINS」や「Zoff」などECに注力する会社が今後成長していくにつれて、競合各社の追随も予想され、EC化率は今後上昇していくと考えられます。また、次世代の技術が開発される中で、ECによる販売も増えていくと予想され、規模の大小こそあれ拡販のためにはECへの投資は必須となります。

また、ARやVRの技術が進む中で、ウエラブルデバイスとしてのメガネの需要も増加してくると思われ、今まで以上にECによる訴求が重要となりそうです。