独身の日

「独身の日」は、中国で毎年10月下旬頃から数週間にわたって開催される、世界最大級のオンラインセールイベントです。もともとは若者の非恋愛文化を象徴する記念日(光棍節:11月11日)でしたが、2009年にアリババが商業イベント化して以降、急速に成長を遂げ、わずか1日で年間売上の数割が動く超大型商戦となりました。

アリババ傘下のTmall(天猫)では、2021年の独身の日における取引額が約5,403億元(日本円換算で約9.2兆円)を突破するなど、今もなお驚異的な規模を維持しています。こうした中で、日本企業の存在感も高まっており、ユニクロはTmallアパレル部門で上位常連、資生堂もスキンケア分野で確かな実績を上げています

本記事では、独身の日の規模や売上推移などの全体像を紹介するとともに、日本企業の成功事例、そして今後の課題などを整理し、この巨大セールをどう活用すべきかを徹底解説してまいります。

「独身の日」の全体像:規模感と主要プラットフォームの市場シェア

まず、独身の日の規模感についてですが、独身の日の取引額は、アリババ傘下のTmall(天猫)が長年にわたり圧倒的なシェアを誇っており、その推移はイベント全体の規模感を把握する上で非常に有用な指標となります。以下は、Tmallにおける「独身の日」の年間取引額(2015〜2023年)の推移を、日本円換算(※)とともに示したグラフです。

※1元=17円で換算

◆独身の日における「Tmall」の取引額推移

独身の日における「Tmall」の取引額推移

年度 取引額(億元) 取引額(億円) 成長率(前年比)
2015年 912 15,504
2016年 1,207 20,519 +32.3%
2017年 1,682 28,594 +39.3%
2018年 2,135 36,295 +26.9%
2019年 2,684 45,628 +25.7%
2020年 4,982 84,694 +85.6%
2021年 5,403 91,851 +8.5%
2022年 5,571 94,707 +3.1%
2023年 5,543 94,231 -0.5%

引用元:2024年中国电商行业“双十一”电商平台分析:“双十一”大促战线持续拉长,传统电商平台和新兴社交媒体平台竞争激烈(东方财富网) ※掲載データをもとに筆者がグラフ作成

独身の日は、2009年11月11日にアリババが初めてセールイベントとして開催し、当初はわずか27ブランドで約5,000万元(約8.5億円)の取引を記録しました。その後、イベントは急速に拡大し、Tmall単体でも2019年まではわずか1日のみの開催で約4.5兆円に迫る取引額を達成。さらに2020年以降は、セール期間が11月1日〜11日へと拡大されたことで、2020年には約8.5兆円という過去最高規模を記録しました。

2021年以降は成長が鈍化し、2023年には前年比でマイナス成長(-0.5%)となるなど、一定の成熟フェーズに入っている様子も見られます。それでも、Tmall単体で約9兆円弱の売上を維持しており、独身の日が依然として中国EC市場において圧倒的な存在感を誇る重要イベントであることに変わりはありません。

では次に、2023年の独身の日における主要ECプラットフォームの市場シェアについて見てみます。アリババ(Tmall)およびJD.comは、2022年以降、独身の日の総取引額の公式発表を控えていますが、Queue-itの調査によると各プラットフォーム別の売上シェアは以下の通りです。

◆2023年の「独身の日」におけるECプラットフォーム別売上分布(推定)

2023年の「独身の日」におけるECプラットフォーム別売上分布

Tmall(天猫 / アリババ):62%
JD.com(京東):26%
Pinduoduo(拼多多):7%
その他(Douyinなど):4%

出典:139 Staggering Singles’ Day facts every retailer should know in 2024(Queue-it)

2023年の独身の日におけるプラットフォーム別の売上シェア(Queue-itによる推定)を見ると、Tmallが62%と圧倒的なシェアを占めており、JD.com(京東)が26%でそれに続き、この2大プラットフォームだけで全体の約9割を占めております。

また、2024年の独身の日では、主要ECプラットフォーム全体での取引額が前年比26.6%増の1.44兆元(約2,036億ドル)に達しました

引用:China’s Singles’ Day wraps up super-sized sales event with volume, shopper growth(Reuters)

独身の日は、これまでTmallとJD.comの二強体制が中心でしたが、近年ではPinduoduo(拼多多)Douyin(抖音)などの新興プラットフォームが急速に台頭しています。

◆主要プラットフォーム別の特徴と戦略

Tmall:依然として最大のシェアを保持していますが、他プラットフォームとの競争が激化しています。
JD.com:信頼性の高い物流と品質管理で支持を集めています。
Pinduoduo:低価格戦略と共同購入モデルで急成長しています。
Douyin:ショート動画とライブコマースを融合させた新しい購買体験を提供し、若年層を中心に人気を博しています。

これらのシェア構造やプラットフォームの特徴の変化は、中国EC市場の多様化と消費者行動の変化、そして企業戦略やテクノロジーが進化していることを示しているといえます。

では実際に、どのような商品が独身の日で支持されているかについて、次に解説してまいります。

独身の日では「美容」「アパレル」「スポーツ用品」が人気カテゴリ

下記は、2021年の独身の日におけるTmallの人気3カテゴリの販売ランキングです。

◆アリババ傘下「Tmall」の販売ランキング

Tmallの販売ランキング

出典:中国「独身の日」風景一変 国産ブランドが躍進(日本経済新聞 / 2021年11月11日)

ランキングを見てみると、美容・アパレル・スポーツ用品の3カテゴリが特に目立ちます。中でも、美容商品ではロレアル、エスティ・ローダー、ランコムなど欧米系ブランドが依然として強さを見せる一方で、日本の資生堂も4位にランクインしています。

一方、アパレル部門では、ランキング上位5社のうち4社を中国ブランドが占めており海外勢は日本のユニクロのみ(4位)という状況です。実際、人気インフルエンサーの薇婭(VIYA)が立ち上げたブランド「VIYA NIYA」がトップを獲得するなど、ライブコマース発の中国発ブランドが急成長しています。

スポーツ用品でも、中国ブランド「安踏(ANTA)」や「李寧(LI-NING)」がナイキやアディダスと並んで上位に入り込んでおり、国産ブランドへの支持の高まり(国潮:国産ブランドブームが顕著です。

このように、独身の日の購買動向からは、中国国内ブランドの台頭と、カテゴリごとの競争環境の違いが見えてきます。独身の日への参入を検討する日本企業にとっては、どのカテゴリに強みを持ち、どこで差別化できるかを見極めることがますます重要になってきています。

それでは次に、近年の独身の日で注目されている購買トレンドについて解説してまいります。

「独身の日」における3つの最新トレンド

独身の日は、かつては「安売りの祭典」として知られていましたが、近年ではその様相が大きく変化しています。2023年の独身の日では、ライブコマースの台頭やサステナビリティ志向の高まり、そして高級品カテゴリの売上増加など、消費者の購買行動や価値観の多様化が顕著に表れました。

ここでは、これらの最新トレンドをデータに基づいて解説してまいります。

トレンド① ライブコマースの急成長と影響

近年、中国のEC市場において、ライブコマース(ライブ配信を通じた商品販売)が急速に拡大しています。特に独身の日では、その影響力が顕著に表れています。2023年の期間中、ライブコマースを通じた総取引額は2,155億元(約4.2兆円)に達し、前年から約2.1%の増加を記録しました。これは、主要ECプラットフォーム全体のGMV(流通取引総額)の約18.9%を占める規模となっています。

この成長の背景には、消費者の購買行動の変化があります。Bain & Companyの調査によると、2023年の独身の日では、消費者の77%が前年と同等かそれ以下の支出を計画しており、より価値を重視する傾向が強まっています。

引用:139 Staggering Singles’ Day facts every retailer should know in 2024(Queue-it)China’s Singles Day 2023: Win the Head and the Heart with Value and Entertainment(Bain & Company)

ライブコマースは、商品情報の詳細な説明や使用感の共有、リアルタイムでの質問応答など、企業とユーザーとの双方向のコミュニケーションを可能にし、購買意欲を高める手段として非常に効果的です。

主要なプラットフォームでは、以下のような特徴があります。

◆中国におけるライブコマースの主要プラットフォーム(画像はTaobao Live)

Douyin(抖音)
Taobao Live(淘宝直播)
Xiaohongshu(小紅書)

taobao_live
画像:Taobao Live

企業にとって、ライブコマースは単なる販売チャネルにとどまらず、ブランド認知の向上や顧客との関係構築にも寄与する重要なマーケティング手段となっています。

トレンド② サステナビリティと「グリーン消費」

近年の世界的なSDGsの目標達成に向けた動きに伴い、中国の消費者の間でもサステナビリティへの関心が高まっており、独身の日のセールにおいてもその傾向が表れています。

2023年の独身の日では、環境に配慮した商品やサービスが注目を集めました。たとえば、アリババグループは「グリーン物流」や再利用可能な梱包材の使用を推進し、消費者に対して環境保護への取り組みをアピールしました。下記は、アリババグループの物流を担う「菜鳥網絡(ツァイニャオ・ネットワーク)」によるグリーン物流への取り組みです。

◆菜鳥網絡の取り組み

グリーン物流プロジェクト
出典:ALIBABA NEWS JAPANESE

また、都市部の若年層を中心に、リユースやリサイクルを重視する購買行動が広がっています。

下記記事によると、中国の一線都市(北京、上海、広州、深圳)に居住する都市生活者の92%はサステナビリティ意識を持っていることが報告されており、これは二線、三線、四線都市を上回っていると書かれています。さらに、若者の間では「Stooping」と呼ばれるリユース文化が広がっており、不要になった家具や衣類を共有する動きが活発化しています。

引用:アリババ傘下の物流プラットフォーム「菜鳥」が進推するエコな「グリーン物流プロジェクト」(ALIBABA NEWS JAPANESE)中国で爆上がり?消費者のサステナビリティ意識(SIJIHIVE LOCALIZATION)

企業にとって、サステナビリティへの対応はブランドイメージの向上や新たな顧客層の獲得につながる重要な要素となっています。今後も環境配慮型の商品やサービスの提供が求められるでしょう。

トレンド③ 高級品志向の拡大と中間層〜富裕層のターゲティング強化

近年、中国のEC市場において高級品の需要が拡大しています。特に、独身の日のセール期間中には、高品質な商品を求める中間層や富裕層の購買意欲が高まる傾向が見られます

中国国家統計局の基準によれば、中間層とは3人家族で年間所得が10~50万元の層を指し、この層は高品質かつ低価格の商品を求める傾向があるとされています。また、KPMGのレポートによると、中国の高級品市場は今後10年間で大きな成長が見込まれており、消費者はブランドの信頼性や誠実さを重視する傾向が強まっています。

このような背景から、ECプラットフォームやブランドは、中間層や富裕層をターゲットにしたマーケティング戦略を強化しています。その戦略の一環として、人気インフルエンサーを起用したライブコマースを活用して商品の魅力を直接伝える手法や、サステナビリティを訴求するキャンペーンなどが展開されています。

企業にとって、これらの消費者層のニーズを捉えた商品開発やプロモーション活動が、今後の市場拡大のキーポイントとなってきます。

参考:中国の人気主要ECサイト売上ランキング!市場規模や成長の背景を解説(デジタルトレンドナビ)ラグジュアリーの再定義 ~信頼と誠意で中国の消費者と信頼関係を築く~(KPMG)

こうした最新トレンドから、独身の日に消費者ニーズや社会的価値観の変化が反映されていることがわかります。ライブコマースの台頭やサステナブル消費への関心の高まり、そして高級品志向の広がりは、いずれも中国EC市場の進展とともに形成されてきた新たな購買スタイルです。

では次に、独身の日において日本企業がどのように参加し、成果を上げてきたのかについて解説してまいります。

日本企業3社の「独身の日」への参入事例

独身の日は、中国市場を重視する日本企業にとっても重要な商機となっています。ここでは、実際に独身の日に参加し、成果を挙げている日本企業3社の取り組み事例を紹介します。

事例① 「ユニクロ」Tmall旗艦店で常に上位

ユニクロは、独身の日において、Tmallで継続的に高い実績を上げています。たとえば下記記事によると、2015年のセールでは、1日で6億元以上の売上を記録し、アパレル部門で1位、全業態で4位にランクインしました。さらに2016年においては、11日に日付が変わって2分53秒後に、1億元の売上を達成しました。これは、Tmall全店中最速であり、10時間後にすべての商品が売り切れました。

引用:ユニクロが独身の日に100億円売り上げたポイント(中国マーケティング情報サイト)

この成功の背景には、以下のような戦略があります。

・中国市場向けにデザインされた商品や地域限定のコラボレーションアイテムなど、現地ニーズに合わせた商品展開
・独身の日に合わせた特別キャンペーンや割引施策などの効果的なプロモーション活動
・Tmallのライブ配信機能を活用したライブコマース施策の展開

これらの取り組みにより、ユニクロは中国市場でのブランド認知度を高め、安定した売上を確保しています。

事例② 「資生堂」中国市場におけるローカライズ戦略

資生堂は、中国市場においてローカライズ戦略を積極的に展開し、現地の消費者ニーズに対応した商品開発や販売体制を整えることで、独身の日においても着実に成果を上げています。たとえば、スキンケアブランド「エリクシール」は、2017年のリブランディングをきっかけに中国市場での売上が大きく伸長し、TmallなどのECプラットフォームを中心に、独身の日でも高い人気を維持しています。

また、資生堂は中国市場専用のブランドサイトやライブ配信、SNSを活用したオンライン施策を強化し、独身の日の期間中にはWeChatやDouyinでの限定キャンペーンや特別パッケージ販売などを展開しています。こうした取り組みは、Creson Mediaの調査でも「ライブコマース戦略の好事例」として取り上げられています。(引用元参照)

これらの施策によって、資生堂は独身の日という巨大商戦の中でも高いブランド認知と販売実績を維持しており、現地ユーザーとの信頼関係を着実に築いていると言えます。

引用:資生堂 採用サイト(Shiseido)抖音(Douyin)ライブコマースを活用した中国のTikTokマーケティング戦略と成功事例(Creson Media)

事例③ 「ヤーマン」輸入ブランド売上1位を獲得

ヤーマンは、2020年の独身の日において、Tmallの輸入ブランド売上ランキングで1位を獲得しました。同社のRF美顔器「Bloom WR」や「フォトプラス プレステージS」などが人気を集め、電子美容機器部門での販売実績・売上シェアで5年連続1位を記録しています。

また、ヤーマンはWeiboフォロワー数1,487万人超のインフルエンサー薇娅(VIYA)を起用したライブコマースを実施し、約25秒間で用意した全在庫を完売するなど、ライブ配信を活用したプロモーションでも成功を収めました。

これらの取り組みにより、ヤーマンは中国市場におけるブランド認知度を高め、独身の日という大規模な商戦においても圧倒的な成果を上げています。

引用:【「独身の日」セール】ヤーマン、「Tmall」美顔器カテゴリーで5年連続1位 史上最高売上を更新(日本ネット経済新聞)中国「独身の日」 Tmall美顔器カテゴリ※1における販売実績で5年連続1位(ヤーマン株式会社 プレスリリース / 2020年11月13日)

上に紹介した3つの企業以外にも、無印良品が中国市場向けの特別企画を展開したり、楽天グローバルが越境ECの販路拡大を進めたりするなど、さまざまな日本企業が独身の日に合わせた戦略で存在感を高めつつあります。

それでは次に、日本企業が独身の日でビジネスを展開する際に、最低限押さえておくべきポイントについて解説してまいります。

「独身の日」を日本企業が活用するうえで押さえておくべき3つのポイント

独身の日は、わずか数日で年間売上の大部分を占めるとも言われる巨大な商戦です。中国市場を狙う日本企業が独身の日で成果を出すためには、現地特有の商習慣や販売手法に最適化した戦略が不可欠です。

ここでは、「物流」「販促」「販売チャネル」の3つの観点から、独身の日を有効活用するために押さえておきたいポイントを解説します。

ポイント① 物流:独身の日に備える物流・在庫体制の最適化

独身の日は、中国EC市場において年間売上の数十%を占める一大イベントですから、物流・在庫戦略の最適化が成功につながる重要なポイントとなります。日本企業がこの商戦に対応するためには、中国市場における「保税区モデル」と「直送モデル」の2つの物流方式を理解し、適切に活用することが重要です。

◆中国の物流モデル

中国物流モデル

イメージ図:筆者作成

「保税区モデル」では、中国国内の保税倉庫に商品を事前に保管し、注文が入るとそこから出荷します。この方式のメリットは以下の通りです。

◆保税区モデルのメリット

・配送スピードの向上
・輸送コストの削減
・通関手続きの安定性

ただし、保税倉庫での保管料や在庫リスクが発生する点には注意が必要です。

「直送モデル」では、注文後に日本から国際スピード郵便(EMS)などで直接消費者へ商品を発送します。この方式のメリットは以下の通りです。

◆直送モデルのメリット

・在庫リスクの低減
・柔軟な商品展開(新商品の試験販売や小ロット展開)

一方で、配送時間が長くなることや、通関手続きに時間がかかる可能性があるといったデメリットがあります。

そして現在、多くの日本企業は、保税区モデルと直送モデルを組み合わせたハイブリッド戦略を採用しています。たとえば、売れ筋商品は保税倉庫に事前に在庫を確保し、需要が不確定な商品や新商品は直送モデルで対応することで、在庫リスクを抑えつつ、消費者のニーズに柔軟に応えることが可能です。

なお、いずれの物流モデルを選ぶにしても、セール直前の在庫補充タイミングや、ピーク時の注文処理能力、配送遅延のリスク管理といった現場レベルのオペレーション体制も極めて重要です。特に独身の日のように短期集中型のセールでは、需要予測と事前準備の精度が売上にも直結します。

参考:中国 EC 市場と活用方法(JETRO)中国向け越境ECの仕組み(保税区モデル・直送モデル)( BUSINESS LAWYERS)

ポイント② 販促:KOLとSNSを駆使した販促戦略

独身の日の販促トレンドとして先に述べたように、独身の日における販促活動では、中国特有のSNSとライブ配信の活用が不可欠です。これらのチャネルは、単なる情報発信の場ではなく、購買に直結する極めて実務的な販売インフラとして機能しています。

中でも特に重要なのが、KOL(Key Opinion Leader)との連携です。KOLとは、特定の分野やSNS上で強い影響力を持つ人物のことで、日本でいうインフルエンサーに近い存在です。中国ではその影響力が購買行動に直結するケースが多く、商品の紹介だけで数千万単位の売上につながることも珍しくありません

たとえば、企業事例でも紹介したヤーマンは、独身の日にKOL「薇娅(VIYA)」を起用し、ライブ配信を通じて約25秒で用意した全在庫を完売させるという成果を上げました。KOLの影響力を最大限に引き出す販促設計が功を奏した好例です。

日本企業がKOLと連携する際には、フォロワー数だけでなく、フォロワー層の属性やジャンルとの親和性を重視する必要があります。たとえば、美容カテゴリであれば使用感重視の配信スタイル、食品カテゴリであれば試食・調理の臨場感が重要になるなど、商品とKOLの「相性設計」が成功につなげる要点となります。

また、KOLとの調整には言語や商習慣の壁があるため、現地のTP(Tmallパートナー )やマーケティング支援企業との連携も検討すべきです。投稿内容の確認、進行管理、リスク対策まで含めてプロに任せることで、ブランドイメージを守りながら販促効果を最大化できます。

さらに、WeChatやDouyin、WeiboなどのSNSとの組み合わせも欠かせません。公式アカウントによるティザー配信、限定クーポン、ライブ告知との連動など、SNS全体を通じた認知から購買までの導線設計が、独身の日における販促施策の完成度を大きく左右します。

天猫国際の「TP(Tmall Partner)」とは? 日本企業が知っておくべきTPの評価基準とは?(ネットショップ担当者フォーラム)

ポイント③ 販売チャネル:越境ECと本土展開のハイブリット戦略

独身の日にあわせて多くの日本企業が活用しているのが、Tmall Global(天猫国際)などを通じた越境ECです。

Tmall Globalは「越境EC専用モール」、Tmallは「中国本土法人向けモール」であり、出店要件や配送体制が異なります。Tmall Globalは、現地法人がなくても出店でき、比較的低リスクで中国市場に参入できるため、初めての独身の日参加にも適しています。Tmall(本土向け)と同様にセールへの参加は可能ですが、日本企業にとってはTmall Globalのほうが参入ハードルが低く、出店条件や手続きも簡便です。

ただし、越境ECは物流や返品対応に制約があり、プロモーションの自由度も限られるため、中長期的に現地での売上や認知を高めるには、本土展開との組み合わせが効果的です。実際、多くの企業がTmall Globalでの展開を足がかりに、Tmallや実店舗への進出を図っています。このような戦略により、現地におけるブランド認知の向上や物流の効率化といった効果が期待でき、現地の大型セールやキャンペーンへの参加も容易になります。

無印良品のように、越境ECから本土展開へと広げている日本ブランドも多く、独身の日を単発の販促機会にとどめず、中長期の市場浸透の起点とする動きが広がっています。なお、越境ECから本土展開という流れはTmallを中心とした戦略に多く見られますが、近年ではJD.comやDouyinといった他プラットフォームでも、同様のステップアップを図る日本企業が増えています。

参考:中国ECをリードする京東商城に無印良品が初出店(ECのミカタ)

当局規制で「独身の日」の成長が鈍化

近年、独身の日の売上成長率は鈍化傾向にあります。背景にあるのは、中国政府によるプラットフォーム規制の強化です。アリババをはじめとする巨大IT企業に対する独占禁止法や消費者保護に基づく指導が強まり、過度な値引き競争や煽動的なマーケティングが抑制されつつあります。

その結果、企業側もかつてのような一斉セールから、より持続可能で、ブランド価値を損なわない施策へと舵を切り始めています。実際、TmallやJD.comでは取引総額の非公表化が進み、イベントの数字的な競争から脱却する動きも見られます。

日本企業としても、短期的な売上獲得だけでなく、規制動向や市場環境の変化に応じた中長期視点の販促戦略がますます求められていくでしょう。

参考:中国ネットビジネス急成長時代の幕引き(&N 未来創発ラボ)

まとめ

独身の日は、イベント創設以来、中国EC市場における最大商戦の場として成長してきており、日本企業にとっても大きな販路拡大の機会となっています。一方で、政府規制による過剰な値引きや過熱感の抑制、さらにはJD.comやPinduoduoなど競合プラットフォームの台頭、独身の日と双極をなす「618セール(※)」との二極化など、これまでの構造に変化が見え始めています。

JD.com(京東)が毎年6月18日に開催する大型ECセールイベント

こうした環境変化のなかで日本企業が成果を上げていくには、販促・物流・販売チャネルを含めた戦略の見直しや、現地の消費行動や制度への深い理解が欠かせません。独身の日は単なるセールではなく、中国市場と本格的につながる入り口であるという認識が、今後いっそう重要になっていくでしょう。