メタバース経験者が語る!メタコマースは普及するのか?

2021年10月28日に、FacebookがMeta(メタ)に社名を変えたことで、世界中にメタバース(仮想空間)の未来への注目が集まりました。そのため「メタコマース(メタバース・コマース)」の普及が期待されております。メタコマースとは、メタバース内での商取引でことであり、実店舗やEコマースに次ぐ第三の商取引の場のことです。

すでにアパレル業界では、メタバース内でアバターに服やアイテムを試着することができるなど、eコマースよりも相性が良いように思われ、大手セレクトブランドのBEAMS(ビームス)でもメタコマースを実験的に実施するなど、業界での今後の展開が期待されています。

しかし、筆者は2008年に、かつて所属した日本IBMグループにおいて日本初のIBMセカンドライフ店舗のスタッフとして携わった経験から、メタコマースが普及は小売主体の商取引からではなく、最初はオンラインゲームが主体になると考えております。

なぜなら、セカンドライフが凋落した理由は、ログインするモチベーションをユーザーに与えることができずに、アクティブユーザーの減少を止められなかったことにあります。ユーザーがセカンドライフ上にログインし続けるキッカケ、つまり魅力が無かったのです。

しかし、オンラインゲームの世界は熱狂的ファンが世界中にいるため、ゲームを起点にメタコマースが広がってくるのではないかと考えております。

本日は、forUSERS株式会社でコンサルティングをしている筆者が、メタコマースについて、自身のメタバース経験を踏まえて解説してまいります。

メタコマースの4つの企業事例

驚かれる方もいるかもしれませんが、限定的ではありますが、すでにメタコマースを実践している企業は存在しております。本記事でメタコマースについて詳しく解説していくにあたって、まずは実際の企業事例を紹介してまいります。

事例① 「アダストリア」の人間×アバターによるライブコマース配信

「グローバルワーク」「ニコアンド」など30を超えるブランドを国内外約1,400店舗で展開するアダストリアは、自社のアパレルECサイト「.st(ドットエスティ)」で、人間とメタバース上のアバターを組み合わせたライブコマースを実施しました。

Anui

2023年9月に発売したブランド「Anui」は、リアルだけでなくメタバースのアバター向けにも商品を販売しており、メタバースでブランドに接点を持ったユーザーが、リアルのファッションにも興味を持つための新しい切り口となっています。

ライブコマースでは、アダストリアのスタッフの動画にメタバースのアバターを合成し、リアルの人間とバーチャルのアバターが一緒に商品紹介をするユニークな配信を行なっています。.stアプリのライブショッピングで配信され、現在はアーカイブで視聴することができます。

◆Anuiのライブコマース

Anuiのライブコマース

アパレル業界では、オンライン上のユーザーとの接点として、ECサイトのほかにInstagramやTikTok、YouTubeなどといったSNSが主に活用されますが、アダストリアではメタバースを新しい接点=販売チャネルのひとつとして、これまでに接点のなかったユーザー層へのアプローチを試みています。

参考・画像引用元:リアルとバーチャルがつなぐ、アダストリアが仕掛ける新しいライブショッピングの挑戦

事例② 「ビームス」のバーチャル店舗

ビームスのメタバースのバーチャル店舗

画像引用元:3度目のBEAMSバーチャルショップはファッションのメタバース化を提案 世界最大のVRイベント「バーチャルマーケット2021」に出店

ビームスは、株式会社HIKKYが運営するバーチャル空間期間限定イベントの「バーチャルマーケット2021」に出店し、メタバースへの実験的試みをしております。このバーチャル店舗では、英語の出来るビームススタッフ4名が世界中から参加するユーザーをアバターで接待するものです。

このバーチャル空間では、以下のように実際に展開されているBEAMSの商品がアバターの服として再現されており、一式を3,000円で販売しております。

◆BEAMSのメタバースで販売した洋服一式

Beamsのアバターの服

なお、この「バーチャルマーケット2021」には、ローソンやテレビ朝日など多数の国内企業が参加しており、日本国内の大手企業もメタバースに早期に取り組むことで、今後のメタバースのノウハウや知見の蓄積を行っていることが推察されます。

事例③ 「三越伊勢丹」はメタバース上に“仮想新宿”を展開

三越伊勢丹が運営するスマートフォン用のバーチャルプラットフォームの「REV WORLD(レヴ ワールズ)」では、新宿を模した空間が仮想空間として再現されており、その中をアバターで自由に動き回れます。筆者もスマホで操作してみましたが、オープンワールドのゲームのようにアバターを自在に操作することができます。

◆REV WORLD

三越伊勢丹のメタバース

そのバーチャル新宿の中に、実際に三越伊勢丹の仮想空間上の店舗があり、商品を選ぶことができます。そして、タップすると、ECサイトで商品を購入することができ、まさにメタコマースを実践しております。

◆ECサイトの写真

三越伊勢丹のメタコマース

ただ、メタバース内では、筆者がログインした際は筆者以外のユーザーを見つけることはできなく、ロボットと思われるアバターから挨拶される程度でした。これからこのような新しいメタバース空間はいくつも誕生すると思われますが、メタバース内にアクティブユーザー数を増やすことができなければ存続は難しいでしょう。

事例④ 2年で1兆円の売上を叩き出す「フォートナイト」

2017年にリリースされた「フォートナイト」は、現在で世界で最も有名なオンラインゲームの一つで、ゲームの内容はプレイヤー同士が戦う、映画のバトルロワイアルのような世界観でお互いの体力ゲージが無くなるまで、武器やアイテムを駆使して戦うオンラインゲームであり、非常に綺麗なグラフィックはまさにメタバースそのものです。

◆フォートナイトの世界

フォートナイトの写真

画像引用元:フォートナイトは過去10年間のゲームの良いとこどりな「最も影響力を持つゲーム」と海外ゲームメディアが表現

フォートナイトは、現在においては最も進んだメタコマースを実現しているプラットフォームと言えます。フォートナイトでは、アバターのスキン(見た目)やアイテムをゲーム内で購入することができ、下記の記事によるとその売り上げは2年間で約1兆円に達するほどです。

参考記事:1兆円の収益をフォートナイトが2年で上げていたことが判明

フォートナイトのアクティブユーザー数は、2024年時点で総ユーザー数は6.5億人を超え、月間アクティブユーザー数は約2.3億人と言われており、売上規模、ユーザー数からも、現在最も有力なメタバース空間と言えます。

参考記事:2024年にFORTNITEをプレイしている人の数

ゲーム業界では、フォートナイト以外にも「マインクラフト」や「あつまれ どうぶつの森」といったタイトルでもメタバースを体験できます。このように、世界中に多くのアクティブユーザーをかかえているゲームがあり、ユーザー数が多いゲームがメタバースを流行させる可能性があります。

メタバースの市場規模は2030年までに約1,600兆円!

仮想通貨ニュースサイト「CoinPost」の下記記事によると、米金融大手シティ・グループはメタバースの経済圏が980兆円から1,600兆円に達する可能性があるとするレポートを発表しました。そのレポートではメタバースユーザーが約50億人に達する可能性が示唆されております。

参考記事:米シティグループ「メタバース市場は1,600兆円規模になる可能性」(CoinPost)

何を基準にしてそこまでの経済規模の予測をたてたのかは筆者にはわかりませんが、その市場規模を達成するためには、単に技術革新が進むだけでなく多くの人が集まるメタバース空間が生まれなくてなりません。

例えば、検索エンジンならGoogle、EコマースならAmazonというように、メタバースにも巨大プラットフォーマーが誕生しなくてはなりません。まだ「メタバース」という言葉が生まれたばかりですから、そのようなプラットフォームは筆者が知る限りは生まれておりません。

メタコマースの普及はメインとなるメタバース次第!

メタコマースの普及は、SNSに例えるとFacebookやInstagram、Twitter(現:X)やTiktokなどといった、誰もが日常的に利用するようなプラットフォームの誕生にかかっているといっても過言ではありません。しかし、筆者が2008年にセカンドライフでバーチャル店舗を行っていた経験からいうと、それは容易ではないと考えます。

当時筆者は、セカンドライフ上で世界中のIBM社員とメタバース会議を実施したり、世界中のアバターとのコミュニケーションをアクティブに行いました。それは初めての人には感動的である体験と言えましたが、その後セカンドライフも凋落の一途をたどり、現在ではログインする人はほとんどいなくなりました。

この原因は、多くの人がセカンドライフにログインする理由・モチベーションがなかったことにあると筆者は考えます。メタバースの楽しみは、やはり他のユーザーとのコミュニケーションです。しかし、他のアバターと接触してコミュニケーションをとるにも、アクティブユーザー数が少なくなると、ログインするモチベーションが下がってきます。そして、どんどんアクティブユーザーが減っていくという悪循環に陥ります。

筆者は、セカンドライフの世界では友人に事前に電話やメールで連絡し「◯時頃にログインしよう!」と決めてからログインしておりました。セカンドライフが流行っている当時でさえ、日本人ユーザーを見つけるのは困難でした。

それでも最初はセカンドライフの世界が楽しかったのですが、他のユーザーがいないと日常的にログインするモチベーションが生まれづらく、面倒になってくる面があります。セカンドライフ上にも、当時は様々なイベント(ライブや講演、ショッピングモールなど)がありましたが、イベントは一時的な集客にしかならず、多くの人が日常的にアクセスするまでにはなり得ませんでした。

つまり、セカンドライフの凋落の最大の原因は、多くのユーザーが日常的にログインする目的やモチベーションが生まれなかったからなのです。私はこのような経験から、メタバースが流行し、そこでメタコマースが日常的に行われる時代がすぐに来るという話に対しては、懐疑的な目で見ております。

なお、セカンドライフの現状に触れておくと、2024年現在、スマートフォンやタブレットを中心にサービス継続中であり、新しい技術も投入されながらグラフィックやアバターも進化しており、新しいマーケットプレイスの統合など、今後も様々な展開を予定しているようです。

参考記事:セカンドライフの今後の予定

メタコマース前提では、メタバースもメインストリームとならない

現在、多くの企業がメタコマースに注目しております。特にアパレル業界はメタバースと非常に相性が良いジャンルと言えます。

なぜなら、eコマースにおいてアパレル商品は、手に取って質感やサイズ感を確認したり鏡で合わせてみるといったことができないのですが、メタバースにおいては、等身大のアバターを作れば(そのようなテクノロジーがあるという前提です)、そこで商品を合わせてみて自分が着たときの雰囲気を確認することができるからです。

また、家具業界であれば、メタバース上に自分のリアルの部屋と同じ空間を用意できれば、家具の使用イメージがつかみやすくなるはずなので、これもメタバースと相性が良いでしょう。このように、バースにおいて自分及びリアルの周辺空間を再現することで新しい可能性が生まれるのです。

しかし、それらのメタコマースを実現するテクノロジーやユーザー環境が整ったとしても、メタバースがカンタンに流行るとは思えません。なぜなら商品を購入するためだけに多くのユーザーがログインするモチベーションとならないからです。

かつて、セカンドライフ上にも多くのアパレルショップが存在しており、リンデンドル”と呼ばれるセカンドライフ上の通貨で服やアバターを購入することができました。

最初は物珍しく、服を購入しアバターを着飾りました。しかし、メタバースのような空間ができると、服を作る原材料が不用であり、無数の無料アイテムが出現するため、アバターに着せるための服ならお金を使わなくとも入手することができるようになります。2008年のセカンドライフの世界でも、ヒップホップやレゲエの服からガンダムのアバターまで何でも無料で入手できました。

そして、リアルの服をメタバースで販売するにも、メタバース自体が仮想空間ですから「リアルの服を仮想空間で買う必要があるのか?」という疑問というか矛盾が生まれます。

なにより、服を買うなら、すでに利便性の高いECサイトがいくつもあり、そこで服を購入することができます。わざわざ、VRゴーグルをつけて、商品を購入するためだけに多くの人がメタバースに集まるとは考えにくいからです。つまり、アパレル業界でメタコマースが普及するのは、難しいのではないか?と筆者は考えています。

メタバース普及のきっかけはゲーム!

ですから、筆者は、メタバースはアパレル業界のような小売業界のメタコマースを前提にしたものではなく、ログインするモチベーションが高い、ゲームの世界からメタバースは流行すると考えています。その理由は以下のとおりです。

①ログインするモチベーションが高い
②圧倒的なアクティブユーザー数
③リアル通貨がゲーム内通貨に換金できる

そして、冒頭でも述べた通り、メタバースやメタコマースはすでにゲームの世界で実現しております。その代表的ゲームが、フォートナイトです。フォートナイトの中ではメタコマースが実現されております。

ただし、フォートナイトがメタバースのメインになるとは考えにくく、その証拠の一つですが、筆者はゲームをしません。私のようにゲームをしない成人男性は相当数いると思います。いくらアクティブユーザーが何千万人いようとも、ゲーム以外のユーザー層を増やしていかなければ、メインのメタバースとして発展しません。

したがって、メタコマースといってもゲームで使えるグッズが中心となっては、人々はそれをメタバースとは呼ばす「ゲーム」と言い続けるでしょう。

ですから、今後、世界中の誰もが参加するメタバースができるためには、

・ゲームのような何もかも忘れて熱中する要素
・ゲーム目的以外の人も参入すること
・ゲーム以外のアイテムも売買されること

が不可欠なのです。そして、そのような誰もが参加するメタバースのプラットフォームができてこそ、メタコマースがやっと栄える状況となるのです。個人的には、メタバースのプラットフォームはゲームが有力と考えますが、ゲーム目的以外のユーザーをどのように増やすかが課題となるはずです。

まとめ

下記の背の低い青い服を着た男性アバターは、セカンドライフの筆者のアバターです。今から14年前のメタバースでの活動の様子をキャプチャーした写真です。

◆日本IBM初のセカンドライフ店舗

セカンドライフのIBM店舗の様子

画像引用:日本IBMがセカンドライフ支店、顧客の相談受ける

実は2008年当時でも、メタバース上で店舗があり、さらにはグローバルの会議がメタバース上で行われる最先端なことが実施されていました。このような経験から、筆者がセカンドライフでバーチャル店舗の運営に携わっていた時、誰もがメタバースにログインする世界が来ると思いましたが、2024年現在までそのような世界はやってきておりません。

当時の技術ではSIM(島のこと)には30人程度集まると、動きが急に遅くなったり、また画像解像度においても、再現するにはPCのスペックに限界がありました。そのような問題は現在のデバイスのスペックや通信環境でほとんど解決されています。しかし、それでもメタバースの世界が容易に来るとは思えません。

なぜなら、多くのユーザーがメタバースにわざわざログインする理由がないからです。そして現在もっともメタバースやメタコマースを実践しているフォートナイトでさえ、ゲームに関心のないユーザーが集まるプラットフォームではないのです。

結局のところ、現実世界の延長線でしかない限りはメタバースは普及しないのではないでしょうか。現実世界でできることをわざわざ仮想空間でする理由がないからです。

筆者は、メタバースだからこそ提供できる「非日常」が必要だと考えます。それは必ずしもゲームのような「極端な非日常」や嗜好性のあるものではなく、例えば自宅にいながらリアルに海外旅行が体験できるなどの、極めて現実的な感覚に即した非日常を提供できれば、メタバースの風向きは変わるのではないでしょうか。

そのような世界が作れてこそ、初めて先に述べたアパレルなどのメタコマースが生きてくるのではないかと考えます。それがどのような仕組みなのかわかりませんが、そのようなバーチャル世界が誕生すれば、世界の価値観は一気に変わるきっかけとなるはずでしょう。その時はじめてメタコマースが第三の商取引の場として成立するはずなのです。