マーケティングを追求する「ヘッドレスコマース」の重要性とは?

ヘッドレスコマースとは、ECのフロント(ヘッド)業務部分とバックエンド業務部分を分けて構成されたシステムです。その最大のメリットは、バックエンド部分を意識せずに、EC事業者が売上に最も影響するフロント部分の開発に社内リソースや予算を集中させることができることです。

つまり、通常のECシステムの開発では、フロント部分とバックエンド部分はシステム的に密接に連携されており、フロント部分だけの開発でもECシステム全体に影響することが多く、どうしても開発が大規模になりがちですが、ヘッドレスコマースでは、バックエンドに影響を及ぼさずにフロント部分の開発に専念することができるのです。

ヘッドレスコマースは、UXを改善することでユーザビリティを極限まで高めることができる開発手法であり、マーケティングを追求するための究極のECシステムの構築方法と言えます。そのため多くの顧客を持つ大手企業が攻めの経営をするために必要なシステムとも言えるのです。

本日は、forUSERS株式会社でコンサルティングをしている筆者が、ヘッドレスコマースについて詳しく解説してまいります。

ヘッドレスコマースの仕組みは「API」がポイント!

まず、通常のECシステムとヘッドレスコマースを比較しながら解説します。

◆通常のECシステムの仕組み

通常のECシステムの仕組み

通常のECシステムでは「フロント」と「バックエンド」にシステムが分かれているわけではなく、フロントもバックエンドも一つのECシステムであり、それを分けることができません。そのためフロントの部分的な改修においても、バックエンドが影響することがよくあるのです。

では次にヘッドレスコマースの仕組みを見てみましょう。

◆ヘッドレスコマースの仕組み

ヘッドレスコマースの仕組み

ヘッドレスコマースでは、上記のように「フロント」と「バックエンド」が完全に離脱しております。それを可能にしているのがAPIです。フロントとバックエンドのデータのやり取りにおいてAPIを経由することで、システムをそれぞれ独立することが可能なのです。

このような仕組みにすることで、フロント部分はバックエンドの影響を受けることなく改修を進めることができますし、フロント部分はECのフロント以外にも複数持つ(例えばSNSやブログ等をフロントにする)ことが可能なのです。

ヘッドレスコマースが大手企業に重要になる3つの理由

ヘッドレスコマースが、特に大手企業で重要になる理由を3つに分けて解説してまいります。

理由① ITエンジニアをフロント部分の改修に専念させるため

EC事業が中心の大手企業においては、ECサイトうぃ改修するプロジェクトは無限に発生するものです。具体的には、ECサイトで使っている決済会社の仕様変更に対応したり、あるいはセキュリティ対策など、ITエンジニアは日々それらの仕事に集中しなくてはなりません。

また、それらの仕事はECサイトの運営に関わるので無視することは絶対にできません。そのため、ECサイトのマーケティングに関する「フロント」の改修はどうしても後回しになってしまう傾向にあります。

筆者がコンサルしている大手企業も、マーケティングの攻めの施策のための改修をITエンジニアに依頼しますが、ITエンジニアは保守系の仕事が非常に多いため、マーケティングのための開発は3ヵ月先、あるいは半年先の開発着手であり、中長期的に売上を伸ばすためのマーケティング施策が優先されにくいのです。

しかし、ヘッドレスコマースでECシステムを構築すれば、フロント部分担当のITエンジニアをアサインすることができれば、バックエンドの改修から解放されて、マーケティング施策の開発に集中させることできるのです。

つまり、ヘッドレスコマースとは、企業が攻めの戦略を素早く行うためには欠かせないECシステムと言えるのです。

理由② ECはレッドオーシャン市場になりつつある

2019年からのコロナ禍を経て、オンラインビジネスやEC事業に進出する企業が増えてきております。下記をご覧ください。2020年にEC化率は急激に伸びております。

物販系BtoC-EC市場規模及びEC化率推移〜2023

データ引用先:令和4年度 電子商取引に関する市場調査(経済産業省)

このように、小規模事業者から大手事業者まで多くの事業者がEC業界に参入すると、市場はレッドオーシャン化します。そのため、ライバル企業よりも頭ひとつ抜けて、ECサイトで売上も高めるためにはマーケティングを強化しなければなりません。

多くの大手EC事業者が利用しているECシステムは、SaaS型やパッケージのECシステムであり、自社開発によりフロント部分に独自の開発ができないことがほとんどですから、ヘッドレスコマースであればマーケティング面でも優位に立つことができるのです。

このことからも、マーケティングに直結するフロント部分の開発スピードを速めることのできるヘッドレスコマースは、EC事業者、特に大手企業にとっては非常に重要な選択肢となるのです。

理由③ 時代のニーズにいち早く対応するため

EC業界の変化のスピード感は非常に早く、例えば2010年以降はECサイトのスマホ対応が必然となったり、数年前には存在しなかったInstagramやTikTokなどの新しいSNSが次々と誕生しており、ECサイトとの連携機能が重要となっております。

下図を見ると、インターネット業界においては、90年代後半から非常に短いスパンで様々なコンテンツやサービスが誕生し、時代を変えたと言えるいくつものイノベーションが生まれていることがわかります。

◆インターネットの普及の推移と主要なコミュニケーションサービスの開始時期

インターネットの普及の推移と主要なコミュニケーションサービスの開始時期

出典:インターネットの登場・普及とコミュニケーションの変化(総務省)

そのため、ECサイトは新しい世の中のニーズや潮流にいち早く対応できるシステムであるべきです。

従来のECシステムであれば、新しい時代のニーズに都度対応するために開発が必要となり、非常にコストがかかりますが、ヘッドレスコマースであればフロント部分だけをアプリにしたり、SNS用のボタン購入対応にすることは非常にカンタンです。

例をあげると、メタバースに対応するECシステムを作ろうとすると、通常の開発手法だとメタバース用のコマースエンジンを作る必要がありますが、ヘッドレスコマースであれば、フロント部分だけメタバース用のものを作り、バックエンドをそのままECサイトのものを使い続けることができるので、ECのシステムを流用して迅速にメタコマースを実践することができるのです。

参考記事:メタバース経験者が語る!メタコマースは普及するのか?

このような時流にいち早く対応し、EC市場においてもフラッグシップと言われるような企業となるためにも、ヘッドレスコマースは欠かせないものなのです。

ヘッドレスコマースが向いている企業はマーケティングに重点を置く企業

昨今のECシステムのトレンドですが、スクラッチよりもパッケージやSaaS型のシステムを採用する企業が多いです。なぜなら、パッケージやSaaS企業のシステム拡張性やシステム連携の柔軟性が高まってきており、かつコストも安いため、スクラッチで開発する意味合いが少なくなってきているのです。

しかしその一方で、マーケティングに重点を置く大手のEC事業者はECのパッケージシステムを解約して、スクラッチでECシステムを作る企業も増えてきている印象を受けます。

ECシステムのスクラッチは、非常にコストがかかるというデメリットがあるのですが、一方でITエンジニアのリソースを確保できれば、ECサイトの改善スピードを高めることができます。

そのような企業がヘッドレスコマースを導入すれば、さらにマーケティング施策のスピードを高めることができるのです。例えばAmazonやNIKEのECサイトもヘッドレスコマースです。このように開発やマーケティング担当者が多く、体制が整っている企業こそヘッドレスコマースが向いているのです。

参考記事:Amazonも採用 次世代EC基盤「ヘッドレスコマース」

ヘッドレスコマースを導入すればオムニチャネル施策も導入しやすい

オムニチャネル施策を実行するために、小売企業にとって最大の壁となっているのはシステム連携です。小売企業は古くからあるレガシーシステムを使っているため、

・顧客管理
・購買履歴
・ポイント管理

などの連携が非常に複雑です。しかし、ECサイトをヘッドレスコマース化して各データをAPIでデータ連携することで、オムニチャネルに必要な顧客接点ポイントをフロント部分として独立させることができます。

◆オムニチャネルに必要な顧客接点ポイント

・ECサイト
・返品受付
・スタッフの代理購入機能
・アプリ

このようなフロント部分を独立させれば、バックエンドを意識しないで開発ができるので、複雑なバックエンドと引き離して開発を迅速に進めることができるため、オムニチャネルで出遅れている企業にとってもヘッドレスコマースは魅力的な選択肢なのです。

ヘッドレスコマースにかかる費用は数千万円~

スクラッチが前提となりますが、ヘッドレスコマースの環境をつくる場合は、数千万円~規模の開発になります。すでに既存のECサイトがある企業においても、フロント部分とバックエンド部分を切り離すことを考えると、ゼロからの開発となります。

既存のSaaSやパッケージのECシステムのAPI連携を利用することで、抜本的なヘッドレスコマース(フロント部分とバックエンド部分を分けない)ではなく、既存のECシステムを活かしながら限定的なヘッドレスコマースを行うことも可能です。

◆既存のECシステムを活かしたヘッドレスコマース

限定的なヘッドレスコマース

つまり、ECシステムはそのままで、パッケージやSaaSのAPIを使って他の独立したUIとAPI連携する方法です。パッケージやSaaSのバックエンド部分にAPIを通してデータ連携を行うことで、限定的なヘッドレスコマースを実現することが可能です。

これを実現するには、APIが公開されている会社のECシステムを利用する必要があります。パッケージやSaaSのECシステムがAPIを提供しているという前提であれば、開発費用が数百万円~まで圧縮することができます。

ヘッドレスコマースのまとめ

ヘッドレスコマースは、マーケティングを本気で行う大手事業者向けのシステムです。そのため、リテラシーが高く、マーケティングの成功体験を持つCMOがいる企業でなければ導入は難しいです。

ヘッドレスコマースを導入する前に、まずはユーザーと徹底的に向き合い、UXを極限まで高める決意や体制を固める方が急務です。また、そうしなければ競争の激しいEC市場で大手が生き残るのは非常に困難でしょう。