
アパレル・雑貨業界で目覚ましい成長を続けるパルグループホールディングス(以下、パルグループ)。「スリーコインズ」や「チャオパニック」など約50のブランドを展開する同社のEC事業は、業界の中で後発でありながら、独自の戦略のもと短期間で大きな成長を遂げており、注目を集めています。
◆パルグループHDの主力ブランド「スリーコインズ」の店舗(3COINS+plus)
出所:筆者撮影。
今回は、パルグループのEC成長戦略を深掘りし、そのユニークな取り組みや、そこから得られる学び、そして今後の展望と課題について考察します。
パルグループの事業概況
パルグループの具体的なEC戦略を紐解くにあたり、同社事業の状況を確認しておきましょう。
パルグループを牽引するスリーコインズ
元々、アパレル事業からスタートしたパルグループは、現在も多数のアパレルブランドを展開していますが、現在、同社を牽引しているのは雑貨を扱うスリーコインズです。
◆パルグループの主なブランド
出所:パルグループホールディングス株式会社「2025年2月期 決算説明会資料」(公開:2025年4月8日、閲覧:2025年8月5日)
上図にある通り、スリーコインズの売上高は増加を続けており、2025年2月期には700億円を超え、店舗数は同期末時点で344店舗に達しました。
パルグループの約50のブランドの中で、スリーコインズが全社の成長の原動力となっているといえます。
業績好調を続けるパルグループ
続いて、パルグループの近年の業績を確認します。下図は、2017年2月期から直近の2025年2月期までの連結売上高と経常利益率の推移です。
◆パルグループの業績の推移
出所:株式会社パルグループホールディングス「決算説明会資料」(2017年2月期~2025年2月期)より筆者が作成。
コロナ禍が始まった2021年2月期には売上が大きく落ち込み、経常利益率も低下しました。多くの企業が苦戦する中、パルグループは翌2022年2月期には早くも売上を立て直し、さらに2023年度には経常利益率がコロナ前を上回る水準に到達しました。まさに「V字回復」と呼べる展開です。
なお、パルグループの店舗数は、2025年2月期に、新規出店に加え、多くの事業譲受店舗があったこともあり、前期から大きく増加して、初めて1,000店舗を超えましたが、それ以前は大きな変動はありませんでした。
◆パルグループの店舗数の推移
出所:株式会社パルグループホールディングス「決算説明会資料」(2017年2月期~2025年2月期)より筆者が作成。
つまり、この期間のパルグループの売上高の増加への店舗数の増加による影響は、必ずしも大きくはないと言えます。
コロナ禍のEC強化がターニングポイント
近年のパルグループの成長に寄与した要素は、EC売上高の大幅な増加です。
下図の通り、EC売上高は一貫して増加しており、衣料品のEC化率(対衣料売上高比率)も2021年2月期に飛躍的に伸びています。
◆パルグループのEC売上高と衣料品EC化率
出所:株式会社パルグループホールディングス「決算説明会資料」(2017年2月期~2025年2月期)より筆者が作成。
コロナ禍に店舗休業を余儀なくされた際、商品を売る場所がなくなり、ECでの販売とコミュニケーションのデジタル化を強力に推進しました。その結果、EC売上が大幅に増加し、店舗とECを両立していくことが当たり前となりました。
前述の通り、同社の全社売上は2021年2月期に大きく減少しましたが、この時期にECを強化したことが、その後の同社の継続的な成長につながったといえます。
EC事業の柱になりつつある自社ECサイト「パルクローゼット」
パルグループのEC事業の中心は、以前は「ZOZO TOWN」でした。2019年2月期には、ZOZO TOWNの売上が、EC売上全体の7割近くを占めていたほどです。
後述するように、近年は自社ECサイトの「パルクローゼット」での販売を強化しており、EC売上高構成比は上昇を続け、2025年2月期にはZOZO TOWNに肉薄しています。
◆パルグループのサイト別EC売上高構成比の推移
出所:株式会社パルグループホールディングス「決算説明会資料」(2017年2月期~2025年2月期)より筆者が算出した数値をもとに作成。
ZOZO TOWNでの販売も不調なわけではなく、売上高自体は増加を続けています。ただし、パルクローゼットの成長が著しいため、上図に示すように構成比が徐々に低下しています。
なお、EC成長の初期段階においては、自社サイトだけでなく、ZOZO TOWNでの成功体験が大きな意味を持ちました。同社はZOZOTOWNのアルゴリズムを研究し、ランキング掲載の工夫などの知見を蓄積していきました。これが社内に「ECでも売れる」という雰囲気を生み出し、自社ECサイトのパルクローゼットへの本格シフトを後押ししたということです。
情報出所:デジタラトリエ「スタッフ AI と自社 EC が創る、新しいアパレルの売り方 パルの OMO 戦略を支える『PASSION と LOVE』【後編】」(公開:2024年4月1日、閲覧:2025年8月20日)
下図は、パルグループのEC全体とパルクローゼットの売上高の推移と将来計画(目標値)です。2029年2月期にはEC売上1,000億円を目指すという挑戦的な目標が示されています。
◆パルグループのEC売上高の内訳(実績と今後の計画)
出所:株式会社パルグループホールディングス「決算説明会資料」(2017年2月期~2025年2月期)より筆者が作成。
2025年2月期におけるパルクローゼットの売上はEC売上の4割強に達しており、同社は今後、これを5割へ高めることを目指しています。大変意欲的な目標であり、達成は容易ではないと思われますが、以降で解説する、同社ならではのユニークな取り組みがその実現に向けた強力な推進力となるでしょう。
パルグループの自社ECサイト「パルクローゼット」の3つの特徴
パルグループの自社ECサイト、パルクローゼットには、以下の3つの特長があります。
- マルチブランド戦略
- スマートフォンからの利用を前提としたUI設計
- 動画コンテンツへの注力
順に確認していきましょう。
特徴1:マルチブランド戦略
パルクローゼットでは、同社の全てのブランドやサービスを統合するマルチブランド展開を行っています。これにより、会員基盤を大きくしてブランド間のクロスユースを促進することに加え、あるブランドでの成功事例の他への水平展開を可能にしています。また、ブランドごとにサイトを分ける場合と比べ、サイト運営コストを削減できます。
情報出所:デジタラトリエ「スタッフ AI と自社 EC が創る、新しいアパレルの売り方 パルの OMO 戦略を支える『PASSION と LOVE』【後編】」(公開:2024年4月1日、閲覧:2025年8月20日)
パルクローゼットは、繊研新聞による第7回、第8回の「ファッションECアワード」でエクセレント賞を受賞していますが、グループの多様なブランドを統合して優れたサイトを構成している点、つまり、マルチブランド戦略が高く評価されたことが受賞理由のひとつでした。
情報出所:株式会社繊研新聞社プレスリリース「繊維・ファッションビジネス業界の専門紙『繊研新聞』 第8回『ファッションECアワード』を発表。リアル会場で記念講演を実施」(公開日:2025年5月28日、閲覧日:2025年8月22日)
特徴2:スマートフォンからの利用を前提としたUI設計
ECサイトのUI設計では、スマートフォンからの利用が多いため、商品情報を最優先し、縦横フルに画像を表示できるスマホ仕様のUIを意識しています。さらに、顧客の消費行動が「おすすめ」を優先する傾向が強いため、ECでもパーソナライズされた提案や隙間時間で楽しめる設計を重視しています。
情報出所:デジタラトリエ「スタッフ AI と自社 EC が創る、新しいアパレルの売り方 パルの OMO 戦略を支える『PASSION と LOVE』【後編】」(公開:2024年4月1日、閲覧:2025年8月20日)
特徴3:動画コンテンツへの注力
同社は「動画で情報を見るのは当たり前の時代」という認識のもと、動画コンテンツにも力を入れています。YouTubeには専任部隊を置き「パルクロチャンネル」を展開し、ライブ配信の本数は、業界トップクラスということです。また、店舗スタッフにはInstagramのリール投稿やTikTokを積極的に推奨しています。
情報出所:日経XTREND「3COINSのパル、“社内インフルエンサー”約1600人育成 EC売上増に貢献」(公開:2025年5月14日、閲覧:2025年6月10日)
下の画像は、あるスリーコインズのスタッフ個人のインスタグラムアカウントです。フォロワー数が38万人もおり、リール動画の再生回数が100万を超える投稿がいくつもあることがわかります。
◆スリーコインズのスタッフのインスタグラムアカウント(ブラウザ版)
出所:@3coins_junko氏のインスタグラムを筆者がキャプチャ(ブラウザ版)
これら3つの特徴を持つパルクローゼットですが、パルグループのEC戦略のユニークなところは、ECに注力する際も常に店舗を意識していることと、店舗スタッフの「個」の力を最大限に活かしていることです。これらについては、以降で解説していきます。
「店舗ありき」で展開する3つのEC戦略
パルグループのEC本格化は業界の中では遅い方でした。しかし、後発でありながら急速に成長できたのは、実店舗を重視し、従業員一人ひとりの「個」を前面に打ち出すという、同社ならではの戦略があったからです。
ここでは、同社が、EC事業に注力するにあたり、店舗を重視する姿勢を明確に打ち出していることを説明します。
戦略1:「あくまでも店舗が重要」という社内向けメッセージ
前掲のグラフ「パルグループのEC売上高と衣料品EC化率」が示す通り、2017年2月期の衣料品EC化率は8.5%に留まっていました。
その頃、同社はプロモーションを中心としたデジタル活用とECの強化を図ろうとしていました。しかし、現在、同社で取締役専務執行役員としてプロモーション、広報PR、デジタル化を推進している堀田覚氏は、当時、あえて「EC強化」という言葉を使わなかったといいます。その理由は以下の通りです。
- 店舗小売業である同社として、実店舗の存在意義を重視しているから。
- ECを強化する反面、他を置き去りにするというニュアンスを避けたいから。
- 会社全体を強くする中で、実店舗とECの双方を伸ばすことを意識することが重要だから。
堀田氏は、店舗勤務の従業員が多数を占めるパルグループにおいては、社内向けメッセージの打ち出し方そのものが重要だと考えました。「デジタル化」は前向きな響きを持つ一方、「EC強化」と表現すると、ECだけを優先し他の領域が後回しになるような印象を与える恐れがあると判断したのです。
情報出所:日経XTREND「EC売上高の7割稼ぐ、店舗スタッフのコーデ投稿 大躍進パルの秘策」(公開:2023年3月30日、閲覧:2025年8月14日)
戦略2:自社ECサイトでテストした新商品を実店舗に展開
同社がECに注力していこうとした際、あくまでも店舗が重要であるという考えを徹底したことは前述の通りですが、近年、ECが好調を続けていることが、店舗に好循環をもたらす流れができつつあります。
自社ECサイトのパルクローゼットの売上が大きく伸長し、安定しているため、ECサイト内で実験的に「ブランド・イン・ブランド」(既存のブランドの中で、新ブランドやサブブランドを試すこと)を立ち上げられるようになりました。
パルクローゼットで新商品や新ブランドを試し、ECでの顧客の反応を見てから、実店舗での販売を行う、という流れができつつあるといいます。
情報出所:繊研新聞社「パルグループHD 人材難対策に“やりがい”重視 店舗大型化は商品の充実とともに」(公開:2024年4月22日、閲覧:2025年8月20日)
同様の取り組みは他業種でも広がっています。例えば、医薬品や食品、飲料などを扱う大塚製薬では、自社ECサイト「オオツカ・プラスワン」で新商品を先行発売し、購入者の反応をもとに店頭販売に広げる手法を採っています。パルグループでも、今後、パルクローゼットでのテスト販売データを活用して店頭展開するケースが増える可能性があります。
戦略3:OMO戦略の深化
パルグループは、オンライン(ECサイト・アプリ・SNSなど)とオフライン(店舗)の融合であるOMO戦略を深化させています。
同社のアプリは元は情報発信ツールとして開発されていましたが、コロナ禍前に、ECアプリに舵を切っていました。これにより、店舗と EC の連携が進み、店舗でアプリをダウンロードした顧客が、ECでも商品を購入するという流れができたといいます。
情報出所:デジタラトリエ「スタッフ AI と自社 EC が創る、新しいアパレルの売り方 パルの OMO 戦略を支える『PASSION と LOVE』【後編】」(公開:2024年4月1日、閲覧:2025年8月20日)
現在、同社はOMO戦略を通じて、LTV(顧客生涯価値)向上と顧客数増加を目指しており、SNSを重要な顧客接点の起点と捉えています。
パルグループのOMO戦略の立て方は次のように整理できます。
1.SNSを起点に認知を広げる
- 顧客はスマートフォンで過ごす時間が長く、オンライン接点が圧倒的に多い。
- 特にSNSは顧客が頻繁に見る場所であり、ここで認識してもらうことが重要。
- SNSでの認知が、ECや実店舗への来訪につながる。
2.EC・店舗でのトランザクションを活用する
- アプリのダウンロードやWeb会員登録でデータが取得できる。
- 顧客IDを活用してチャネル横断の戦略を立てられる。
- SNSで接点を持った後は、個別にパーソナライズしてLTVを向上させる。
- 実店舗とECの区別はなく、店舗スタッフもEC情報を発信可能。
情報出所:デジタラトリエ「店舗スタッフが個人 SNS で集客し、給与にも還元 パルの OMO 戦略を支える『PASSION と LOVE』【前編】」(公開:2024年3月25日、閲覧:2025年8月20日)
このように、パルグループは、「SNS → EC・店舗 → パーソナライズ」という順に、オンラインとオフラインを連携させています。実店舗とECは、情報発信や接点作りで相互に補完する関係にあり、OMO戦略が顧客体験の向上とLTVの最大化につながる構造になっています。
また、2023年夏には、パルクローゼットの予約受注会を渋谷で開催し、スタッフとの会話も楽しめるOMO型イベントを初開催しました。同社は、目指す例えとして「令和の商店街」という言葉を使用しています。これは、テクノロジーで利便性を最大化しつつ、身近で人懐こい個人商店が集まる商店街のような温かさを大切にするというビジョンを示しています。
情報出所:繊研新聞社「EC業界のキーマンに聞く24年注目のトピックス 変化に合わせた成長戦略を」(公開:2024年2月23日、閲覧:2025年8月20日)
スタッフの「個」の力を引き出すユニークな取り組み
パルグループのEC躍進を支える最大の特徴は、「個」の力を最大限に活用する戦略にあります。
店舗スタッフのインフルエンサー化
パルグループの堀田氏は、2014年頃に「これからは『個』の時代になる」との感覚を抱き、同社が店舗で培った顧客とのつながりや店舗スタッフという資産の重要性を再認識しました。この感覚は、堀田氏が以前雑誌社に所属していた際に感じていた、編集者やスタイリストが個人名で発信したコンテンツの反応の良さとも一致していました。
同社では、多くのファンやフォロワーを持つモデルやインフルエンサーをSNS発信者として起用することも可能でした。しかし堀田氏は、店舗スタッフ自身をインフルエンサー化する道を選びました。その背景には、店舗スタッフが個人でSNS発信を行い、既に顧客を引き付けていたという事実があります。この成功体験を他のスタッフにも広めようと考えたのです。
また、単にSNS経由でのEC売上を伸ばすだけであれば、外部のインフルエンサーに依頼することも有効です。しかし同社では、社員の9割を占める店舗スタッフが納得しない施策は行わないという方針に基づき、店舗スタッフ自らがSNSで発信する形を採用しました。
こうして、2016年からSNS利用を申請・承認制とし、フォロワー数による表彰制度を導入、2017年からは、フォロワー数に応じた手当支給を開始しました。
情報出所:デジタラトリエ「店舗スタッフが個人 SNS で集客し、給与にも還元 パルの OMO 戦略を支える『PASSION と LOVE』【前編】」(公開:2024年3月25日、閲覧:2025年8月20日)
2025年現在、同社では約1,900人のスタッフがインフルエンサーとして活躍しており、その総フォロワー数は2,200万人にのぼります。
情報出所:PR TIMES MAGAZINE「『PASSIONとLOVE』が原動力。ひとりを想像し、接点を広げる共感型コミュニケーション|株式会社パルグループホールディングス」(公開:2025年6月5日、閲覧:2025年6月10日)
多様な店舗スタッフの本音が顧客に届く
パルグループの堀田氏は、2024年にインタビューに答える中で、多様な店舗スタッフがSNS発信を行うことについて、次のようなことを話しています。
1.外見重視は避けるべき
- 外見の良い人だけにSNS発信を任せると、ルッキズム(見た目偏重)を加速させる。
- 社内・社会へのメッセージとしても不適切であり、ハッピーな状態を生まない。
2.自己肯定と楽しさの重視
- 「あの人のようになりたい」と他者と比較させるよりも、今の自分を肯定しつつファッションやライフスタイルを楽しむことが重要。
- それによって、世の中全体の「幸せの総量」が増えると考える。
3.コンプレックスを共感に変える
- 身長、体型、体格などに悩む人が多い。
- 同じ悩みを持つスタッフが、自分らしくSNS発信することで、コンプレックスを前向きに変換できる可能性がある。
- その発信は、多くの共感を呼ぶ効果がある。
4.会社としての目標
- パルグループは、世の中に前向きな提案・発信ができる会社でありたい。
- 個人の発信を通じて、その理念を実現することが可能。
情報出所:デジタラトリエ「店舗スタッフが個人 SNS で集客し、給与にも還元 パルの OMO 戦略を支える『PASSION と LOVE』【前編】」(公開:2024年3月25日、閲覧:2025年8月20日) ※インタビューにおいて堀田氏は1と2を個人的意見としている点に注意。
堀田氏の発言はいずれもスタッフ自身によるSNS発信を企業の戦略と位置付ける際の重要なポイントを示しています。約1,900人の個性豊かなスタッフが、単なる商品の販売促進に留まらず、その人なりの言葉で自身の本音や意見を発信することで、多様な顧客に共感を生み、信頼関係を築くことができるのです。
これらの内容は示唆に富んでいます。筆者なりの視点から、いくつかの示唆を挙げてみます。
1.多様性・個性の重視がブランド価値につながる
- スタッフ個人の多様な発信を認めることが、ブランドメッセージの信頼性や社会的価値を高める。
2.共感マーケティングの可能性
- コンプレックスや悩みを抱えるスタッフ自身の発信は、顧客との心理的なつながり(共感)を強化できる。
- 「自分らしく楽しむ」姿勢は、顧客の自己肯定感を高め、ファン化やLTV向上にも寄与する。
3.社内文化と顧客体験の統合
- スタッフが安心して発信できる社内環境は、外部への発信の質を左右する。
- 社内文化として「個を尊重する」方針を持つことが、OMO戦略やブランドコミュニケーションの一貫性を支える。
4.ルッキズム回避の社会的価値
- 外見偏重ではなく、多様な価値観やライフスタイルを受け入れる発信は、社会的メッセージとしてポジティブで持続可能。
- ブランドとしての社会的責任や倫理性の向上にも寄与する。
これらは、自社・自店のスタッフの自主性に任せて、個性を前面に出した情報発信を行おうと考えている企業の方にとって、参考になると思います。
手厚いサポートとインセンティブ
店舗スタッフのSNS投稿やコーディネート投稿は「業務」と明確に位置付けられ、毎日のワークスケジュールに作業時間が設定されています。パルグループにとって、これは「スタッフの本業」なのです。同社は、店舗スタッフが活動を「始めること」と「続けること」のハードルを下げるため、多角的なサポート体制を構築しています。
教育:
70ページにも及ぶ「SNS基礎マニュアル」を作成し、プロフィールの書き方や写真の撮り方などを具体的に示しています。このマニュアルは「やってはいけないこと」を明確にしつつ、スタッフの自由度を重視する内容です。
継続フォロー:
活動開始から3ヶ月は集中的にフォローし、成功体験を積ませることで継続を促しています。店長の評価項目の一つにも、投稿を担当するスタッフの活躍が加わっています。
インセンティブ:
スタッフの投稿経由のEC売上高は全体の7割前後と高水準で推移しており、SNSフォロワー数手当やEC貢献売上高に応じた報奨金(賞与への上乗せ)により、収入が増えたり、賞与が大幅に上がったりするスタッフもいるといいます。外部のインフルエンサーに多額の報酬を支払うよりも、自社スタッフの収入が増える方が会社全体にとって有益という考えが背景にあります。
情報出所:日経XTREND「EC売上高の7割稼ぐ、店舗スタッフのコーデ投稿 大躍進パルの秘策」(公開:2023年3月30日、閲覧:2025年8月14日)
パルグループのEC事業において想定される2つの課題
パルグループは、スタッフによるSNS発信を起点としたOMO戦略を実践することで、EC事業のさらなる成長を目指しています。2029年2月期にはEC売上高1,000億円を目標に掲げています。これまでに解説した同社のユニークな取り組みを継続すれば、実現可能な目標であると言えるでしょう。
一方で、筆者の視点から見ると、いくつかの課題も想定されます。主なものを挙げると以下の通りです。
課題1:スタッフのモチベーションと負担のバランス
約1,900人のスタッフがインフルエンサーとして活躍する中、SNS活動は「本業」として位置づけられています。個々のスタッフのクリエイティビティを維持しつつ、業務としての負担を軽減することは常に課題となり得ます。
そのため、継続的なサポートや、報酬以外の「やりがい」を生み出す工夫が求められるでしょう。
課題2:SNSアルゴリズム変化への継続的対応
パルグループが最大限に活用している、InstagramやTikTokなどのSNSのプラットフォームのアルゴリズムは常に変化しています。
また、SNS活用において、従来のフォロワー数重視から、パーソナライズ化へと変遷する中で、これらの変化に迅速に対応する必要があります。
また、効果的な情報発信を継続するために、社内のデジタル担当者は最新トレンドを把握し、スタッフへの指導内容を適宜アップデートしていくことが求められます。
パルグループのEC戦略から得られる5つの示唆
パルグループのEC戦略は、特に店舗を営んでいてこれからECに取り組む、あるいはECをさらに強化したいと考えている事業者にとって、多くの示唆を与えてくれます。
示唆1:「EC強化」に固執しない全体戦略の重要性
EC戦略を考える際に大切なのは、「EC単体で成果を出す」ことではなく、会社全体の成長にどう結びつけるかという視点です。成功のためには、以下のような考え方が不可欠です。
- ECはあくまで会社全体を強くする「デジタル化」の一部と捉える
- リアル店舗の価値を否定せず、社内の協力体制を築く
- OMOのようにリアルとデジタルを融合させた顧客接点を意識することが成功の鍵
示唆2:既存リソース(スタッフ)の再定義と投資
企業にとって最大の強みは、外部の広告やインフルエンサーではなく、すでに社内にいる人材かもしれません。特に店舗スタッフは顧客と直接関わる存在であり、その価値を改めて見直すことが重要です。その観点から、次のポイントが特に大切です。
- 外部インフルエンサーに頼るだけでなく、自社の店舗スタッフを最大の資産と捉える
- スタッフのリアリティと顧客との信頼関係は、企業プロモーションにはない強い共感を生む
- スタッフ育成への投資は計り知れない価値をもたらす
示唆3:「始めるハードル」「続けるハードル」を下げる仕組み化とモチベーション設計
SNS運用を成功させるには、一時的な盛り上がりではなく、日々の積み重ねが欠かせません。そのためには、以下のようなスタッフが無理なく始められ、継続できる仕組みづくりとモチベーション設計が重要になります。
- SNS活動を「業務」として捉え、スタッフが自発的かつ継続的に取り組める環境を整える
- 具体的なマニュアル、手厚い教育、集中フォローを用意
- 成果に応じたインセンティブ(報奨金や手当)で活動を加速させる
示唆4:データに基づくPDCAと柔軟な対応
SNS活用を成長につなげるには、感覚や勘に頼るのではなく、データをもとに改善を重ねる姿勢が欠かせません。そこで重要になるのが、PDCAを機能させ、柔軟に対応できる体制です。具体的な取り組みを以下に挙げます。
- SNS投稿から購買までのデータを収集・分析し、施策の効果を可視化
- 仮説検証と迅速な改善を可能にする
- 失敗を恐れず多様な施策を試し、データに基づいて修正するサイクルを回す
示唆5:顧客体験の最適化を追求する
ECの競争力を高める上で欠かせないのが、顧客が「使いやすい」と感じる体験設計です。以下のようなUI/UXの改善やパーソナライズは、購買意欲を引き出す重要な要素となります。
- ECサイトのUI/UXはモバイルファーストで設計
- 情報を能動的に探さない顧客には「おすすめ表示」やパーソナライズ情報を提供
- 顧客の購買意欲を高め、体験価値を最大化する
これらは、あくまでも筆者の視点から導出した示唆です。ご自身が手掛けているECサイト運営に活かす場合は、活用できそうなものだけを抽出し、内容を自由にアレンジして自社の事業に適用していただければと思います。柔軟に取り入れることで、自社の戦略に合った形で成果につなげることが可能です。
まとめ
パルグループのEC成長戦略は、単なるデジタル技術の導入に留まらず、「人」を軸とした企業文化と、顧客への「PASSIONとLOVE」に根ざした共感型コミュニケーションがその原動力となっています。
特に、店舗スタッフを会社の重要な資産と捉え、その「個」の力を最大限に引き出す仕組みは、これからの小売業界におけるECのあり方に大きな示唆を与えるものだといえるでしょう。