
「ECで売上を伸ばす」――これが小売業界における近年の常識です。しかし、売上1,831億円・1,062店舗(2025年9月現在)を展開するワークマンは、この常識を真っ向から否定する戦略を取っています。
2024年2月5日公表のFY3/24第3四半期資料でEC比率は1.2%。一見すると「デジタル化に遅れた企業」に見えますが、実際は全く異なります。
同社ECの最大の特徴は、約8割の顧客が店舗受取を選択している点です。これは「ECを売上手段ではなく送客装置として活用する」という新しいオムニチャネル戦略の実践例だといえるでしょう。
本記事では、この一見逆行する戦略がなぜ成功しているのか、そしてそれを支える企業特徴と7つの具体的施策について詳しく解説します。
「売らないEC」を支えるワークマンの5つの特徴
EC比率1.2%でありながら、ワークマンが独自の成功を収めている背景には、同社ならではの5つの企業特徴があります。これらの特徴が相互に作用し合うことで、「ECで売らず店舗に送客する」という革新的なEC戦略を可能にしているのです。
従来のECモデルでは「いかに多くの商品をオンラインで売るか」が重視されてきました。しかし、ワークマンは全く逆の発想によってECを顧客接点の入り口として位置づけ、最終的な売上は店舗で完結させる仕組みを構築しています。
この戦略を支える5つの特徴を、具体的なデータとともに見ていきましょう。
- 特徴1:売上1,831億円・1,051店舗の事業規模とEC戦略への影響
- 作業服55.8%から一般28.9%へ:EC親和性を高めるブランド転換
- 特徴3:職人層から女性EC利用者まで:客層拡大がもたらすEC効果
- 特徴4:FC比率9割超企業が実現する統一EC戦略の収益モデル
- 特徴5:国内EC集中から2030年越境EC本格化への成長ポテンシャル
これらの特徴が組み合わさることで、ワークマンは従来のEC企業とは全く異なる競争優位性を築いているのです。
特徴1:売上1,831億円・1,062店舗の事業規模とEC戦略への影響
ワークマンの独自EC戦略を支えているのは、同社が築き上げた事業規模の大きさです。2025年3月期の売上1,831億円、さらに全国1,062店舗という展開は、作業服専門店として圧倒的な存在感を示しており、この安定した収益基盤こそが「売らないEC」を可能にしています。
◆ワークマンの圧倒的な店舗網
参照:ワークマン公式サイト
多くのEC企業は売上拡大が至上命題となっており、オンライン販売の最大化に注力せざるを得ません。しかしワークマンは既に安定した収益を確保しているため、ECを短期的な売上追求ではなく、長期的な顧客関係構築の手段として活用できるのです。
また、全国1,062店舗という店舗網の存在も見逃せません。この店舗密度により、EC注文から店舗受取までの導線を全国規模で実現できています。配送コストを抑制しながら店舗への来店を促すという、一石二鳥の効果を生み出しているのです。
店舗の収益性も重要な要素です。各店舗が十分な利益を確保しているからこそ、ECからの送客効果を「追加収益」として捉えることができ、無理にEC売上を追求する必要がありません。
特徴2:作業服55.8%から一般28.9%へ:EC親和性を高めるブランド転換
ワークマンのEC戦略を語る上で欠かせないのが、商材構成の劇的な変化です。2025年3月期決算では、従来の主力である作業服が55.8%、一般向け商品が28.9%、アウトドア商品が15.2%という構成になっています。
◆ワークマンの商材別売上高構成の推移
この変化がEC戦略に与える影響は計り知れません。従来の作業服中心では購入層は主に建設業や製造業の職人層に限定されていましたが、一般向け商品の拡大により、ECを日常的に利用する女性や若年層との接点が飛躍的に増加したのです。
特に注目すべきは「ワークマンプラス」や「#ワークマン女子」といった新業態の展開です。これらの店舗では「作業着」色の強いイメージを薄め、カジュアルウェアやアウトドア用品を前面に押し出すことで、従来とは全く異なる顧客層の開拓に成功しています。
◆ワークマンの商材カテゴリ別売上構成比とEC親和性
商材カテゴリ | 構成比 | EC親和性 |
作業服 | 55.8% | 低(職人層中心) |
一般向け | 28.9% | 高(EC利用層と合致) |
アウトドア | 15.2% | 高(情報収集後購入) |
この商材転換により、ECで情報収集してから店舗で実物を確認したいという購買行動パターンと、ワークマンの「送客戦略」が見事に合致するようになりました。
機能性ウェアやアウトドア用品は、サイズ感や素材感を店舗で確認してから購入したいという消費者ニーズが強く、ECから店舗への自然な送客が実現しているのです。
特徴3:職人層から女性EC利用者まで:客層拡大がもたらすEC効果
従来の建設業・製造業の職人層中心から、一般女性やアウトドア愛好者まで幅広い層に顧客基盤を広げたことで、EC利用者の属性も大きく変化しました。
この変化を象徴するのが2025年1月の「Workman Colors」への店名変更です。
◆2025年1月にリニューアルした「Workman Colors」
参照:ワークマン公式Webサイト|【男性集客強化!!】#ワークマン女子をWorkman Colorsへ改名 女性物はトレンド志向/男性はベーシック衣料初参入/毎年40店の展開
従来の「#ワークマン女子」という店名では、女性向けであることは伝わるものの、男性客には入店しにくいイメージを与えていました。そこで「Colors」という中性的な名称に変更することで、性別を問わず幅広い層にアプローチできるブランドへと転換を図ったのです。
この改名効果は数字にも現れており、男性客が10%増加という具体的な成果を上げています。作業服店としての固いイメージから脱却し、機能性ウェアを扱う「ライフスタイルブランド」としての認知拡大に成功したといえるでしょう。
◆顧客層の購買行動とEC活用パターン
顧客層 | 購買行動 | EC活用パターン |
職人層 | 必要品の直接購入 | カタログ代わりの情報収集 |
一般男性 | 機能性重視の検討購入 | 事前リサーチ→来店確認 |
女性層 | デザイン・機能性の両立 | オンライン情報→店舗体験 |
さらに、この客層拡大により大きく変わったのが、EC利用者の購買行動パターンです。
職人層は必要な作業服を迷わず購入する傾向がありました。一方新たな客層は、商品情報をオンラインで詳しく調べてから店舗で実物を確認したいというニーズが高めです。特に女性のEC利用者は、サイズ感や着心地を店舗で確認してから購入を決める傾向が強く、これがワークマンの店舗受取戦略と見事に合致しています。
特徴4:FC比率9割超企業が実現する統一EC戦略の収益モデル
ワークマンの「売らないEC」を支える重要な要素の一つが、FC(フランチャイズ)比率92.7%という事業構造です。この高いFC比率が、独自のEC戦略を可能にしている収益モデルの基盤となっています。
◆ワークマンの運営形態別店舗数の推移
一般的に、FC企業でのEC展開は複雑な課題を抱えています。本部がECで売上を上げれば加盟店の売上を奪うことになり、逆に加盟店に配慮してEC展開を控えれば競争力を失うというジレンマです。しかしワークマンは、ECを「売上創出」ではなく「送客装置」として位置づけることで、この課題を解決しています。
EC注文の約8割が店舗受取を選択する仕組みづくりによって、本部と加盟店の利害が一致する構造が実現しました。本部はECによる顧客接点拡大を図り、加盟店はEC経由の来店客による売上増加を享受できるのです。
システム面でも、自社EC構築サービス「ecbeing」の導入により、本部と全加盟店が統一されたEC基盤を共有しています。
◆ワークマンが導入した自社EC構築サービス「ecbeing」
これにより、在庫情報の一元管理や注文処理の効率化が実現し、FC企業特有の複雑性を解消しながらスムーズなオムニチャネル体験を提供できています。
さらに重要なのは、この収益モデルが加盟店のモチベーション向上にも寄与している点です。EC経由で来店した顧客は、目的商品以外にも店内で追加購入をおこなう傾向があり、加盟店の売上向上に直結しています。本部のEC投資が加盟店の収益向上につながるという好循環が生まれているのです。
特徴5:国内EC集中から2030年越境EC本格化への成長ポテンシャル
ワークマンの「売らないEC」戦略は、現在の国内市場に特化した取り組みですが、中期経営計画では2030年の越境EC本格化が明記されています。この将来展開が、現在のEC戦略にも重要な示唆を与えています。
◆ワークマンの海外進出計画
同社の海外展開計画では、2029年に海外トライアルとして台湾1号店を開店予定。2030年以降さらに本格的な海外進出に取り組む予定です。現在の店舗受取中心のEC戦略は、国内の店舗網があってこそ成立するモデルですが、海外展開時には必然的に宅配中心のEC戦略への転換が必要になります。
この点で、現在の「売らないEC」戦略は海外展開に向けた重要な実験的意味を持っています。国内でEC運営のノウハウを蓄積し、商品の訴求方法やデジタルマーケティング手法を確立することで、将来の越境EC展開時に活用できる資産を構築しているのです。
◆ワークマンが目指す越境EC本格化への道
展開フェーズ | 時期 | EC戦略 | 特徴 |
国内集中期 | ~2027年 | 店舗受取中心 | 送客装置として機能 |
海外トライアル | 2029年~ | 宅配併用開始 | 越境EC準備段階 |
越境EC本格化 | 2030年~ | 宅配中心 | グローバル販売展開 |
現在のEC比率は1.2%と低水準ですが、この計画より、ワークマンは「国内では無理にEC売上を追求せず、店舗送客に特化することで収益性を確保しつつ、将来の海外展開時に必要となるEC運営能力を着実に育成している」と考えられます。
特に注目すべきは、国内でのEC利用者データの蓄積です。どのような商品がオンラインで注目を集めやすいか、どのような情報提供が購買につながるかといったノウハウは、越境EC展開時の重要な資産となるでしょう。
EC売上推移から見る「売らない戦略」への転換
ワークマンのEC戦略を理解する上で最も重要なのが、同社のEC事業に起きた戦略転換の軌跡です。2014年の開始以来、毎年約2倍のペースで急成長を続けてきましたが、2022年3月期に前年比約20%減という意図的な売上縮小を実施し、「売上より顧客接点」を重視する戦略へと大きく舵を切りました。
この転換期における4つの重要な変化を、具体的なデータとともに見ていきましょう。
- 転換1:EC売上24.4億円→19.5億円への構造改革:意図的減収の真相
- 転換2:EC比率1.2%の戦略的意図:売上より顧客接点を重視するKPI設計
- 転換3:店舗受取8割達成:送客による新規顧客開拓効果
- 転換4:宅配依存縮小とBOPIS推進:Amazon対抗のコスト構造改革
これらの転換は一見すると逆行的に見えますが、実際には従来のEC常識を覆す革新的な取り組みでした。単純な売上追求から脱却し、EC本来の価値である「顧客との接点創出」に立ち返った戦略といえるでしょう。各転換がどのような効果を生み出し、なぜこの戦略が成功しているのかを順番に解説していきます。
転換1:EC売上24.4億円→19.5億円への構造改革:意図的減収の真相
ワークマンのEC売上は、2021年3月期の24.4億円から2022年3月期には19.5億円へと約20%減少しました。これは同社が実施した戦略的な構造改革の結果です。
この減収の背景には、4つの重要な構造改革がありました。
- 宅配比率の削減:配送コストを削減し、店舗受取へ誘導
- 取扱アイテムの3分の1への集約:SKU数を絞り運営効率を向上
- EC専用在庫の撤廃:店舗在庫に統合し在庫管理コストを削減
- EC専用倉庫の廃止:物流拠点を一元化し倉庫運営費を削減
これらの施策は短期的な売上減少を招きましたが、長期的な収益性改善と効率化を目的としたものでした。
特に重要なのは「EC専用在庫の撤廃」です。従来は宅配需要に対応するため店舗とは別にEC専用の在庫を抱えていましたが、これを全廃し店舗在庫との統合を図りました。在庫効率の改善と同時に、必然的に店舗受取率を高める効果も生み出したのです。
転換2:EC比率1.2%の戦略的意図:売上より顧客接点を重視するKPI設計
ワークマンのEC比率1.2%という数字は、戦略的な成功指標となっています。従来の「EC売上最大化」から「顧客接点の質向上」へとKPI設計を根本的に見直した結果がこの数字なのです。
同社の土屋専務は2019年、東洋経済オンラインの取材にて「直接販売(通常のEC)はいずれやめようかと思っている」と述べています。この発言は、この戦略転換を象徴しています。同社が重視しているのはEC上での売上高ではなく、ECを経由して店舗に来店する顧客数や、その後の店舗での購買行動なのです。
◆一般的なEC企業とワークマンの違い
項目 | 一般的なEC企業 | ワークマン |
売上関連 | EC売上高重視 | 店舗送客効果重視 |
効率性 | CVR・ROAS | 店舗受取率 |
顧客価値 | LTV・リピート率 | 来店後追加購入 |
この戦略的KPI設計により、ワークマンはEC部門に「良質な見込み客を店舗に送る」という明確なミッションを与えています。その成果が、「EC経由で来店した顧客の購買率や滞在時間が、通常の来店客よりも高い」という結果に表れているのでしょう。
転換3:店舗受取8割達成:送客による新規顧客開拓効果
ワークマンは2022年に「5年以内にECの宅配全廃を目指す」方針を発表しました。現在すでに、EC注文の約8割において店舗受取が選択されています。
◆ワークマンの店舗受け取りサービス
この戦略転換は「EC専用倉庫撤廃」などの構造改革により実現されたもので、これによってECの役割が「コストセンター」から「送客装置」へと変化したとされています。
高コスト構造からの脱却を図る中、同社は配送料値上げではなく、全国の店舗網を活用した受取システムを選択しました。店舗への商品配送時にEC注文商品を相乗りさせることで、梱包・発送コストを大幅削減しています。
最も注目すべきは新規顧客開拓効果です。ECと実店舗を併用する顧客は、ECのみ利用者と比べ年間購入総額が一人あたり約10万円上昇するというデータもあります。
ECが実店舗への送客機能を果たし、関連購買による売上拡大を実現したのです。ワークマンは年間40-50店舗の新規出店により、さらなる利便性向上と顧客LTV向上を図っています。
転換4:宅配依存縮小とBOPIS推進:EC専業企業への対抗戦略
ワークマンのEC戦略転換の狙いは、EC専業企業の配送優位性に対する独自の対抗戦略です。宅配依存を縮小し、BOPIS(Buy Online, Pick-up In Store)を推進することで、EC大手とは全く異なるコスト構造を構築しています。
同社は配送スピードとコストで優位性を持つEC専業企業に対し、店舗網を活用した「短期受取戦略」としてBOPISを位置づけています。配送を使わずに翌日受取等を実現する戦略で差別化を図っているのです。
◆BOPIS導入に伴う幅広いコスト削減効果
項目 | 実施内容 | コスト削減効果 |
宅配比率削減 | 宅配から店舗受取へ誘導 | 配送費削減 |
EC専用在庫見直し | 店舗在庫との統合 | 在庫管理費削減 |
物流拠点最適化 | 物流拠点の効率化 | 倉庫運営費削減 |
取扱アイテム最適化 | SKU数の効率化 | 運営効率化 |
この改革により、ワークマンはEC運営にかかる変動費を大幅に圧縮しています。
特に重要なのは、EC専業企業の規模の経済による配送コスト優位性に対し、店舗受取による「配送コスト最小化」で対抗している点です。顧客にとっても送料負担なく短期受取が可能となり、利便性とコスト削減を両立。「価格競争ではなく、利便性と体験価値で差別化する」という戦略を確立しています。
送客装置としてのEC:7つのマーケティング施策
ワークマンが「売らないEC」を実現している背景にあるのが、綿密に設計された7つのマーケティング施策です。従来のEC戦略が「いかに効率よく商品を販売するか」に焦点を当てる中、ワークマンは「いかに質の高い見込み客を店舗に送るか」という全く異なる視点でEC活用を設計しています。
ここからは、各施策の具体的な内容と効果を順番に見ていきましょう。
施策1:アンバサダー連携による話題商品のEC誘導戦略
ワークマンは、約40人のアンバサダーを無償で起用し、製品開発への参画と情報拡散を長期的に担う仕組みを構築しています。
ワークマンのアンバサダー制度は、一般的なインフルエンサーマーケティングとは根本的に異なります。インフルエンサーが影響力重視で短期間の認知拡大を狙うのに対し、ワークマンは製品への「熱量」を重視し、「自社製品への愛着度」「新製品購入の早さ」を基準に選定しているのです。
◆ワークマンのアンバサダー制度
アンバサダーには「どこよりも早い情報解禁」特典を提供し、CMより先に製品情報を発信してもらうことで、広告費ゼロのマーケティング効果を創出しています。
ユーザーは、スマートフォンでアンバサダーの発信を視聴し、気になった商品があればその場ですぐに検索してECサイトにアクセス可能です。商品の魅力を事前に理解した状態での購入となるため、通常より高い購入率が期待できます。
施策2:ecbeingによる基盤強化:SNSバズ時のアクセス集中対応
スマートフォンの普及以降、ワークマンの商品がメディアやSNSで注目を集める機会が増え、ECサイトへのアクセス集中が頻発するようになりました。
TV放映時やSNSで話題となった際にECサイトがダウンしていては、販売機会を大きく損なってしまいます。そこで同社が2020年に選択したのが、ECサイト構築パッケージ「ecbeing」の導入でした。
ecbeing導入により、大容量アクセス時でも安定稼働する基盤が完成しています。同時に店舗を主軸とした「受取・取置・迅速連絡」という3軸でサービスを刷新し、EC注文時の全店舗リアルタイム在庫確認と受取可能店舗の自動提案機能までをも実現させました。
この基盤強化により、予測困難なアクセス急増を確実な送客機会として活用できるようになりました。サイトダウンによる販売機会損失を回避し、ユーザーを店舗来店につなげる仕組みが完成しています。
施策3:楽天退店という決断:Click&Collect型EC戦略への特化
2019年の楽天市場からの退店は、多くの企業がマルチチャネル展開を選択する中での大胆な決断でした。しかし楽天時代は宅配比率が高く、店舗受取率は限定的で、配送コストが収益を圧迫する要因となっていたのです。
ワークマンは自社ECへの特化により、顧客データの一元管理を実現し、送客効果の定量的な把握と継続的な改善を可能にしています。
◆楽天時代と自社EC特化後の変化
項目 | 楽天時代 | 自社EC特化後 |
宅配比率 | 高水準 | 大幅削減 |
店舗受取率 | 限定的 | 約80% |
顧客データ | 部分的取得 | 完全一元管理 |
送客効果 | 測定困難 | 定量的把握 |
楽天市場での販売では、顧客との接点が限定的で、購買後の行動データや来店効果の測定が困難でした。そこでワークマンは自社ECへの特化により、EC利用から店舗来店、追加購買まで一貫したデータ取得を可能とし、送客効果の把握と改善を実現する道を選択したのです。
この退店という決断により、ワークマンは短期的な売上機会を犠牲にしながらも、長期的な送客戦略の基盤を固めることに成功したといえるでしょう。
施策4:Workman Colors改名:送客最適化のブランド転換
同社は、2025年1月に実施された「#ワークマン女子」から「Workman Colors」への店名変更により、男性客が10%増加したという送客効果を実現しています。
従来の「#ワークマン女子」では、EC経由で商品を確認した男性顧客の約30%が店舗到達前に離脱するという課題がありました。「Colors」という中性的な名称により、性別を問わず幅広い層がEC経由で来店しやすい環境が整ったのです。
◆「#ワークマン女子」と「Workman Colors」の違い
項目 | #ワークマン女子 | Workman Colors変更後 | 改善内容 |
男性客来店率 | 基準値 | +10% | EC確認後の来店完遂率向上 |
ファミリー層来店 | 限定的 | +25% | 家族連れでも来店しやすい雰囲気へ |
男女兼用商品試着率 | 低水準 | 約40%改善 | 「ヒートベスト」「防風パンツ」等 |
この改名は単なるネーミング変更ではなく、送客対象の拡大を狙った戦略的な判断といえます。ECでの商品認知から店舗での購買完結まで、より多くの顧客層に対してスムーズな送客フローを提供できるようになりました。
施策5:visumo活用:来店動機を高めるUGC・動画マーケティング
ワークマンは、visumoプラットフォームを活用したUGC(ユーザー生成コンテンツ)と動画マーケティングにより、商品の実用性を視覚的に伝え、来店動機を高めています。
visumoは顧客が実際にワークマン商品を使用している様子を動画で投稿・共有できるプラットフォームで、従来の静止画中心の商品紹介では伝わりにくい機能性や着用感を、実際の使用シーンの動画により具体的に伝えられる仕組みです。
これまでには、実際の作業現場での使用動画などが話題となり、ECサイトでの商品ページアクセス増加につながる事例が確認されています。動画視聴後にECサイトで商品詳細を確認した顧客の多くが店舗受取を選択し、来店時には関連商品の追加購入を行う傾向にあります。
項目 | 一般商品 | visumo投稿商品 | 改善傾向 |
店舗受取率 | 標準水準 | 高水準 | 向上 |
来店後追加購入 | 基準値 | 改善傾向 | 向上 |
商品確認時間 | 短時間 | 長時間 | 向上 |
このようにワークマンは、UGCと動画の力を借りて商品の魅力を効果的に伝え、ECでの情報収集から店舗での実物確認への自然な流れを創出しています。動画によって商品の実用性を具体的に伝えることで、「実際に店舗で確認してみたい」という来店動機を高め、より効率的な送客効果を生み出しているのです。
施策6:大型商品EC展開:デジタル販路による店舗送客戦略
キャンプギアなど大型商品のEC展開では、顧客の「実物を確認したい」というニーズとワークマンの店舗受取戦略が合致し、相乗効果を生み出しています。
ECサイトで商品情報を確認した顧客の多くが店舗受取を選択し、来店時には関連商品の追加購入を行う傾向が見られます。たとえばテント購入者であれば、関連するキャンプ用品を一緒に選ぶケースが多く見られます。ECでの商品研究が店舗でのクロスセルに結びついているといえるでしょう。
また、大型商品購入者は継続して来店するという傾向も見られます。最初に訪問したときとは異なるカテゴリの商品も併せて購入するパターンも多く、その効果は決して見逃せません。
◆大型商品販売の効果
項目 | 具体的な成果 | 送客への影響 |
来店目的明確化 | 事前の商品研究 | 効率的な店舗対応 |
滞在時間延長 | 実物確認の時間確保 | 追加商品検討機会 |
客単価向上 | 関連商品の同時購入 | 1回来店での収益最大化 |
この施策により、ワークマンは高額商品分野でも確実な送客システムを構築し、ECを起点とした効果的な顧客獲得を実現しています。
施策7:2025年9月公式アプリ:500万DL目標の送客強化戦略
2025年9月開始予定のワークマン公式アプリは、2030年までに500万ダウンロードを目標とする送客戦略の集大成です。店舗在庫情報のリアルタイム表示機能により、顧客は確実に商品を入手できる店舗をチェックできるようになるとされています。
◆満を持して登場したワークマン公式アプリ
アプリには送客を強化する4つの主要機能が実装予定です。
- プッシュ通知による新商品情報の配信
- GPS連動による最寄り店舗の自動表示
- 店舗受取予約システム
- 来店ポイント付与機能
ワークマンは2030年の500万ダウンロード達成と、業界最大級のアクティブユーザーベースを活用した送客システムの構築を同時に目指しています。アプリユーザーの継続的な店舗利用により、EC比率を意図的に低く保ちながら、実店舗の売上最大化を実現する戦略が完成する予定です。
まとめ|ワークマン流EC戦略が示す小売業の新潮流
ワークマンの「売らないEC」戦略は、EC比率1.2%という数字が示すように、従来の売上追求型ECから顧客接点創出型ECへの転換を実現しています。ECを販売チャネルではなく送客装置として活用し、7つの施策でECでの情報収集から店舗での購買完結まで一貫した顧客体験を構築しました。
この戦略の本質は、EC専業企業との直接競争を避け、既存店舗網という独自資産を活かした差別化にあります。デジタル化の波を脅威ではなく既存事業強化の機会として捉え直し、FC企業特有の本部と加盟店の利害対立を解決する仕組みを構築しています。
ワークマンの取り組みは、EC売上最大化という固定観念からの脱却を示しています。顧客との長期的関係構築を重視する戦略こそが、今後のデジタル時代における小売業の進むべき道といえるでしょう。EC比率1.2%は戦略的成功の証明であり、小売業界の新たな方向性を示しているのです。