アダストリアのEC「and ST」が目指すプラットフォーム化

株式会社アダストリアは、「GLOBAL WORK」「niko and …」「LOWRYS FARM」などのブランドを展開しているカジュアルファッションの専門チェーンです。近年、変化し続ける消費者の価値観や購買行動を見据えながら、自社のビジネスモデルを大きく転換しようとしています。

2025年4月に発表された2030年2月期までの中期経営計画では、従来のSPA(製造小売業)モデルから、プラットフォーム型ビジネスへの変革を打ち出しました。その中心に位置づけられているのが、2024年に「.st(ドットエスティ)」から名称を変更した自社ECサイト「and ST(アンドエスティ)」です。

ECサイトとリアル店舗の連動を深め、プラットフォーム化を目指すアダストリアの戦略は、アパレル業界の未来を占う上で、そして、オンラインとの融合を図ろうとするリアル小売企業のあり方を考える上で、非常に興味深い動きです。

本稿では、アダストリアの中期経営計画などをもとに、and STの戦略や特徴を紐解き、取り組みの独自性や先進性を確認します。また、筆者なりの視点で、同社の課題についても検討します。

5回目の変革期を迎えるアダストリア

アダストリアは創業以来、これまでに4回の大きな変革を遂げてきました。そして、今回、5回目となる大きなチェンジを決断しました。同社のこれまでの変革は以下の通りです。

  1. 紳士服業態からメンズカジュアルへ(1973年)
  2. チェーンストア制度導入(1982年)
  3. ストアブランド展開(1997年)
  4. マルチブランドSPA(2010年)
  5. SPAからプラットフォーマーへ(2025年)

◆アダストリアの過去のチェンジと5回目のチェンジ

画像出所:株式会社アダストリア「中期経営計画2030 5回目のチェンジ」

大きな変革を繰り返していることは、同社が常に顧客や市場のニーズに敏感に対応し、変化を恐れない企業文化を持っていることの表れと言えるでしょう。

プラットフォーマーへの転換を図るという今回の変革の背景には、日本国内のアパレル市場が長期的には厳しい見通しにあるという現実があります。少子高齢化による人口減少や消費者のライフスタイルの多様化など、アパレル業界を取り巻く環境は常に変化しています。しかし、その一方で、EC市場は継続的に拡大しており、雑貨やインバウンド需要といった新たなビジネスチャンスも生まれています。

アダストリアは、これらの市場の変化を単なる課題と捉えるのではなく、むしろ大きな機会と捉え、従来の事業のやり方を変革する必要性を強く感じています。「ファッションは服からライフスタイル全体に広がり、買い物はコト、トキを楽しむエンターテイメントになっている」という認識のもと、これまでの枠にとらわれずに顧客やパートナー企業とのつながりを強化し、ファッションのワクワクをさらに広げていきたいという強い想いを抱いています。

情報出所:株式会社アダストリア「中期経営計画2030 5回目のチェンジ」

なぜプラットフォーマーか? アダストリアの強みと目指す姿

アダストリアがプラットフォーマーへの転換を目指す上で、その最大の強みとなるのが、1,600を超えるリアル店舗と、これらの店舗を通じてファッションを愛するスタッフたちが築き上げてきた約2,000万人の and ST 会員です。

情報出所:株式会社アダストリア「中期経営計画2030 5回目のチェンジ」

この顧客基盤は、長年の事業活動を通じて培われた、顧客との「濃いつながり」であり、競合他社には容易には真似できない、アダストリア独自の貴重な資産と言えるでしょう。

リアル店舗網は、単なる販売チャネル以上の意味を持ちます。アダストリアは店舗での接客を通じて顧客のニーズを深く理解し、信頼関係を築くことで、オンラインとオフラインを融合した新たな価値創造を目指しています。同社のこうした方向性から、商品を販売することに加え、「コト」「トキ」といった体験価値を提供することで、顧客のエンゲージメントを深めたいというねらいが見えてきます。

同社は、これまで培ってきた機動性、強固なバリューチェーンとDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進力、そして多岐にわたるマルチブランドの力を最大限に生かすことで、アパレル企業からプラットフォマーへと変革し、より多くの顧客とつながり、日々の生活に「ファッションのワクワク」を広げることを目指しています。

今後、グローバル化、オープン化、マルチカテゴリー、マルチカンパニー化を通じて、より多くのお客さまにファッションの楽しさを提供し、2030年には連結売上高4,000億円、連結営業利益率8%、そして and ST を流通総額1,000億円規模のモール&メディアに育てるという大きな目標を掲げています。

◆アダストリアの2030年における経営目標

情報出所:株式会社アダストリア「中期経営計画2030 5回目のチェンジ」

筆者は、同社が設定している2030年における経営目標は、簡単に達成できるものではないと考えますが、長年の事業活動を通じて培われた顧客基盤をこれまで以上に活用できれば、目標の達成可能性は決して低くないとも思います。

「and ST」が目指す「モール&メディア」戦略と収益モデル

プラットフォーム化の中核を担うのが and STです。and ST は、単なるECサイトの名称に留まらず、アダストリアグループの1,600以上のリアル店舗共通の会員制度でもあります。

◆ECサイト and ST のトップ画面

画像出所:筆者撮影(and ST公式サイトをスマートフォンで閲覧)

同社は、オンラインとオフラインをシームレスに融合した豊かな顧客体験を提供することで、グループ全体として、将来にわたって高付加価値な収益構造を実現したいと考えています。

and ST の成長戦略の核は、「ID(顧客基盤)の拡大」と「LTV(顧客生涯価値)の最大化」です。これは従来の指標で言えば、アクティブ会員数の増加と、顧客1人あたりの購買頻度の向上に相当します。

◆「ID(顧客基盤)の拡大」と「LTV(顧客生涯価値)の最大化」で成長を目指す

情報出所:株式会社アダストリア「中期経営計画2030 5回目のチェンジ」

具体的な目標として、and ST を2030年には流通総額1,000億円規模の「モール&メディア」へと成長させることを目指しており、そのうち、外部企業からの売上が40%を占めることを目標に、積極的なオープン化を進める方針です。

アクティブ会員数はECとリアル店舗での利用を合わせて1,100万人を目指し、顧客1人あたりの年間平均購入回数は、オープン化によるカテゴリー拡大などを通じて現在の3回から4.5回への引き上げを目指すとしています。

ちなみに、オープン化とは、and ST で自社ブランドのみならず、他社ブランドも取り扱うことを意味します。2022年にオープン化を開始しており、2025年4月23日時点、and STには33ブランドが出店しています。

情報出所:株式会社アダストリア「中期経営計画2030 5回目のチェンジ」株式会社アダストリア プレスリリース「アンドエスティが原宿にフラッグシップストア『and ST TOKYO』をオープン『すきとつながるメディアストア』として新しい発見や出会いを提供!インバウンドも視野に多様な企業と協業プロモーションを展開」(公開:2025年4月23日、閲覧:2025年6月20日)

and ST の4つの収益モデル

and ST のプラットフォーム事業には、4つの収益モデルが含まれています。

収益モデル1:モール&メディア

オープン化による他社からの出店企業からの販売手数料が主な収益源です。中期的には、メディアとしてのコンテンツを充実させ、広告収入も得られるモデルを目指しています。

収益モデル2:プロデュース

企業ニーズに応じた商品やブランドの提供で、具体的には、アパレル商品の卸売、企業のユニフォーム制作、ブランドプロデュースなどがあります。既に一定の実績があります。

収益モデル3:ソリューション

アダストリアグループが培ってきた強みである「STAFF BOARD(スタッフボード)」などのシステムを、外部の企業にソリューションとして提供することで収益を得ます。

収益モデル4:ユーザーサービス

ポイントやIDの他社連携を進めることで、アンドエスティを利用する顧客にとっての価値を高める関連サービスを提供します。

情報出所:株式会社アダストリア「中期経営計画2030 5回目のチェンジ」

これらのうち、筆者が特に注目しているのは、リアル店舗のスタッフがオンラインでスタイリングを投稿するSTAFF BOARDです。

顧客は and ST のサイト上でSTAFF BOARDを見ることができ、スタッフがモデルとなって身に着けている服の着こなしやアイテムなどの小物使いや、スタッフ自身による商品のおすすめポイントを参考にできます。もちろん、STAFF BOARD で紹介されている商品は、即時に購入できます。

◆店舗スタッフがスタイリングを発信するSTAFF BOARD(上:WOMEN、下:MEN)

画像出所:筆者撮影(and ST公式サイトをスマートフォンで閲覧)

このように、アダストリアの店舗スタッフと顧客は、リアル店舗での対面だけでなく、STAFF BOARD を通じてオンラインでも関係を築いています。商品だけでなく、スタッフがおすすめするモノ、コト、サービスへの共感が広がり、顧客との関係がより強まるという、非常に良い循環が生まれています。

他社でも自店舗のスタッフが顧客の支持を得ているケースは少なくないはずです。現状では、アダストリアのグループ店舗での活用が中心となっている STAFF BOARD ですが、今後、店舗の強みをオンラインでも発揮したいと考える企業が増えれば、他社のSTAFF BOARDに対するニーズも高まっていくことでしょう。

筆者は、「人」を介したつながりが、顧客のブランドロイヤルティを高め、LTVの向上に大きく貢献しうると考えます。

ECサイトが単なる商品陳列の場ではなく、店舗スタッフという「人」を介して顧客とのエンゲージメントを高めるメディアへと変化することは、現代の消費行動に合致するものです。and ST の取り組みは、これからの小売業のあり方を示唆しているように感じています。

リアル店舗「and ST TOKYO」が示すプラットフォーム戦略の具体像

2025年4月24日、東京・原宿駅前にオープンした「and ST TOKYO(アンドエスティ トーキョー)」は、アダストリアのプラットフォーム戦略を象徴する旗艦店です。この店舗は、アダストリアが目指す「モール&メディア」を体現する存在だと言えます。

◆and ST TOKYO オープンを伝えるバナー画像

画像出所::株式会社アダストリア プレスリリース「アンドエスティが原宿にフラッグシップストア『and ST TOKYO』をオープン『すきとつながるメディアストア』として新しい発見や出会いを提供!インバウンドも視野に多様な企業と協業プロモーションを展開」(公開:2025年4月23日、閲覧:2025年6月20日)

ここでは、「JEANASIS(ジーナシス)」「LOWRYS FARM(ローリーズファーム)」「HEATHER(ヘザー)」「HARE(ハレ)」といったアダストリアの自社ブランドだけでなく、「PAUL & JOE(ポール&ジョー)」「Cath Kidston(キャス・キッドソン)」などの他社ブランド、さらにはサンリオキャラクターといったIP(知的財産)との期間限定コラボレーションエリアを展開するなど、非常に多様な商品構成が特徴です。さらにスイーツやドリンクを提供する飲食コーナーも併設されており、訪れる人々にとって発見や体験の場を提供しています。

店舗面積の3割以上を協業エリアが占め、2週間から1か月を目安に展開内容を入れ替えることで、来店客を飽きさせない工夫が凝らされています。

情報出所:ダイヤモンド・チェーンストアオンライン「プラットフォーム事業拡大に一手! アダストリアの新旗艦店「and ST TOKYO」の全貌」(公開:2025年6月3日、閲覧:2025年6月15日)

OMO施策と「情報発信メディア」としての機能

「and ST TOKYO」は、オンラインとオフラインの融合であるOMO(Online Merges Offline)施策に積極的に注力しています。STAFF BOARDの人気スタッフが店頭でライブ配信を行い、自社ブランドはもちろん、他社ブランドの紹介や、スタッフが企画した商品や別注アイテムの販売も行うなど、オンラインとリアルが連携することで、顧客とのつながりをさらに深め、相乗効果を最大化することを目指しています。ワークショップや撮影会などのイベントも積極的に実施し、顧客の来店動機を創出する仕掛けが多数用意されています。

さらに、この店舗は単なる物販の場ではなく、「情報発信メディア」としての機能も強く意識されています。店内のポップアップコーナーや大型デジタルサイネージ、店内放送、サンプル配布などを活用し、ECモールの and STに出店中の企業や、今後、and STに出店を検討する企業の、新商品やブランドの世界観を発信していく拠点としての役割も担っています。

アダストリアの木村社長が「単にモノを売る場ではなく、and ST のリアルな入口となる店舗だ」と説明していることからも、その戦略的な位置づけが明確に見て取れます。

情報出所:ダイヤモンド・チェーンストアオンライン「プラットフォーム事業拡大に一手! アダストリアの新旗艦店「and ST TOKYO」の全貌」(公開:2025年6月3日、閲覧:2025年6月15日)

 

アダストリアが描く未来と乗り越えるべき2つの課題

筆者は、アダストリアが目指すプラットフォーマーへの変革は、国内アパレル市場の縮小という厳しい現実と、ECの台頭という大きな変化を乗り越えるための、非常に戦略的かつ意欲的な一手だと考えます。

アダストリアが掲げる「2030年に流通総額1,000億円、外部企業比率40%」という高い目標は、決して容易なものではありません。この目標を達成する上で、いくつかの課題や困難が想定されます。ここでは、筆者が考える同社の課題を2点挙げたいと思います。

課題1:オープン化に伴う他社との連携

オープン化に伴う外部ブランドとの連携強化とマネジメントが課題となるでしょう。

現在、and STの流通総額のほとんどがグループ内ブランドの売上であり、外部企業比率を40%まで高めるには、魅力的な他社ブランドをいかに多く誘致し、継続的に出店してもらうかが鍵となります。そのためには、and STプラットフォームとしての価値を明確に伝え、出店企業にとってのメリットを最大化するような戦略が求められます。

また、多様なブランドが出店することで、プラットフォーム全体の統一感を保ちつつ、各ブランドの個性を尊重するバランスの取れた運営も重要になるでしょう。単にブランドを集めるだけでなく、and ST独自の体験価値の中で、各ブランドの魅力や価値を顧客に伝える仕組みづくりが不可欠です。

課題2:競合プラットフォームとの差別化

克服すべき課題としては、競合プラットフォームと差別化をいかにして図るかということも挙げられます。

EC市場では、Amazonや楽天といった巨大な総合ECモールに加え、ZOZOTOWNのようなファッションに特化した大手ECサイトなど、強力な競合が存在します。アダストリアのand STがこれらの競合と差別化し、顧客にとって選ばれるプラットフォームとなるためには、リアルとオンラインを融合した体験価値をさらに深化させ、アダストリアならではの強みを際立たせる必要があります。

特に、価格競争に陥らず、ファッションの楽しさやライフスタイルを提案するプラットフォームとしての地位を確立できるかが重要です。顧客が「and STでしか得られない体験」をどれだけ強く感じられるかが、成長の分岐点となるでしょう。

課題を克服し新たなビジネスモデルの確立へ

アダストリアがこれらの課題を乗り越え、リアル店舗とECの強みを融合させ、店舗スタッフという強みを最大限に活かすことで、ファッションをメインとしながらも、より広範なライフスタイル全般をカバーするプラットフォームへと進化していく可能性を秘めていると筆者は考えています。

アダストリアの5回目のチェンジであるプラットフォーマー化は、新しいビジネスモデルの確立を目指すものでもあります。同社の取り組みは、アパレル業界に対してはもちろん、オンラインとの融合を志向するリアル小売企業に、大きな影響をもたらす可能性があります。今後も同社の動向に注目していきます。