ワコールのEC戦略7選|「売らずに」OMOで実現するEC化率30%突破の設計思想
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ECで売れば売るほど、店舗の客が減っていく――多くのアパレル企業が抱えるこのジレンマに対し、ワコールは意外な答えを出しています。ワコールはECの役割を「売ること」ではなく「来店させること」に振り切ったのです

ワコールグループ主要5社のEC化率は30.8%。それでもワコールは、ECの最優先KPIを「売上」ではなく「来店率」に設定しています。3Dボディスキャナーで来店を促し、取り置きサービスで店舗に送客し、計測データをEC上の商品提案に接続するという徹底ぶりです。

本記事では、ワコールが実践する7つのEC×OMO戦略を、公式IR資料やニュースリリースをもとに解説します。自社ECと店舗の役割分担に悩む中堅アパレルやD2Cブランドの方にとって、EC戦略を見直すヒントになれば幸いです。

ワコールのEC戦略とOMO施策の現在地

ワコールのEC戦略を理解するには、まずこの企業がECに何を求めているのかを押さえる必要があります。

まずは、売上規模やEC化率といった数字の前に、その数字を生み出している設計思想から見ていきましょう。

「EC売上最大化」を目指さない理由。店舗活性化の起点という設計思想

ワコールのEC戦略を理解するうえで、最初に押さえるべきポイントがあります。それは、同社にとっては「ECの売上を最大化すること」がゴールではないという点です。

インナーウェアは、サイズ選びの難しさや試着への心理的ハードルから、ECだけで購入を完結させにくい商品特性を持っています。ワコールはこの特性を逆手に取り、ECを「商品を売る場」ではなく「店舗来店のきっかけを作る場」として再定義しました。

ワコールのIR資料では、EC・店舗の併用顧客の平均購買回数が、単一チャネル利用者の約2.3倍であることが示されています。つまり「ECだけ」「店舗だけ」の顧客よりも、両方を使う顧客の方が圧倒的にLTVが高いことを意味します。この事実が、ECを店舗活性化の起点に据えるという戦略の根拠になっているのです。

まずは企業概要を確認しておきましょう。

◆ワコールホールディングスの企業概要

項目 内容
社名 株式会社ワコールホールディングス
本社所在地 京都府京都市南区吉祥院中島町29
設立 1946年6月
証券コード 東証プライム3591
2025年3月期 売上収益 1,738億9,600万円
主要事業 インナーウェアの製造・販売
国内主要ブランド ワコール、ウイング、CW-X、ピーチ・ジョン

参照:ワコールホールディングス公式サイト2025年3月期 決算説明資料より筆者作成

ワコールは京都発の老舗メーカーでありながら、ピーチ・ジョンのような若年層向けブランドからCW-Xのようなスポーツ領域まで、幅広い顧客層を抱えていることがわかります。

実はこの多様な顧客接点こそが、次に見るEC戦略の土台になっているのです。

EC売上463億円・EC化率30.8%。その数字が意味すること

ワコールグループの主要5社(国内ワコール、ピーチ・ジョン、米国ワコール、ワコールヨーロッパ、中国ワコール)のEC売上は463億円、EC化率は30.8%です。この数字は、6年前(2020年3月期)の287億円・18.6%から大きく伸長しています。

以下のグラフは、ワコールHDの決算説明資料に掲載されている主要5社のEC売上推移です。

◆ワコール内主要5社 EC売上高とEC化率の推移(2020年3月期〜2025年3月期)

ワコール内主要5社 EC売上高とEC化率の推移

参照:ワコールHD 2025年3月期 決算説明資料より

各社のEC化率を見ると、ピーチ・ジョンが50%、米国ワコールが45%と高い一方、国内ワコール単体では23%にとどまっています。

◆主要子会社別のEC化率(2025年3月期)

会社 EC化率
ピーチ・ジョン 50%
米国ワコール 45%
ワコールヨーロッパ 37%
中国ワコール 26%
国内ワコール 23%

参照:ワコールHD 2025年3月期 決算説明資料より筆者作成

注目すべきは、この数字の裏側にある構造です。2025年3月期は、米国LIVELY(IO社)の事業撤退と七彩の株式譲渡により、集計母体が6社から5社へ縮小しています。それにもかかわらずEC売上が微増を維持できた背景には、国内ワコールのEC事業(自社EC前年比105%・他社EC前年比111%)の堅調な伸びがあります。

ただし注意が必要なのは、ワコールの営業黒字が浅草橋ビル・旧福岡事業所跡地などの固定資産売却益(94億円)に支えられている点です。事業利益ベースでは-34億円の赤字が継続している現状を踏まえると、EC化率30%突破後の真の課題は「全チャネルでの収益性改善」であると言えるでしょう。

665万人の会員基盤「ワコールメンバーズ」とは

ワコールは2022年3月に、それまで別々に存在していたWeb会員と店舗ポイントカードを「WACOAL MEMBERS(ワコールメンバーズ)」として統合しました。

◆ワコールメンバーズ サイトイメージ

ワコールメンバーズ サイトイメージ

参照:WACOAL MEMBERSより

統合後のトップページでは、ブランドの枠を超えた特集コンテンツやランキングが並び、「ブランドから選ぶ」ではなく「悩みから選ぶ」導線になっている点が特徴的です

また以下の表は、会員数の推移をまとめたものです。

◆ワコールメンバーズ 会員数の推移

時期 会員数
2019年頃(ウェブストア会員のみ) 約160万人
2022年3月(統合開始時) 500万人超
2024年9月(25/3期2Q) 637万人
2025年3月(25/3期末) 665万人

参照:各期決算説明資料より筆者作成

うち5年以内に購入実績のあるアクティブ会員は約430万人(約70%)で、公式アプリ「ワコールカルネ」の累計ダウンロード数は485万DLにも達しています。

この会員基盤を軸に、ECと店舗の両方で「購買データの全チャネル横断」を実現している点こそが、ワコールのOMO戦略の土台となっているのです。 

ワコールが店舗を活かすために実践する7つのEC×OMO戦略

ここからは、ワコールのECマーケティング戦略を7つに分けて解説します。

会員基盤を土台に、新規獲得→来店導線→売場融合→CVR改善→物流基盤→入口改善という順で、OMOの全体像を追っていきましょう。

戦略① 会員統合基盤「ワコールメンバーズ」で購買データを全チャネル横断にする

ワコールメンバーズの最大の特徴は、直営店・百貨店・ECサイト・通販カタログのすべてのチャネルでポイントとステージが共通化されている点です。

年間購入金額に応じて「ブロンズ」から「ダイヤモンド」までのステージが毎月更新され、ポイント付与率(100円あたり1~5pt)が変動します。ポイント有効期限は2年で、誕生月にはウェブストアの1,000円クーポンに加え、対象店舗でのポイント付与率+5%の特典が付きます。

そして、ワコールメンバーズと一般的なEC会員制度との最大の違いは、「購買以外の行動」もインセンティブ化するスタンプ制度を導入している点です。

◆ワコールカルネ スタンプ制度の概要

ワコールカルネ スタンプ制度の概要

参照:ワコールカルネ スタンプについてより

そしてこのスタンプ制度は、公式アプリ「ワコールカルネ」限定の機能です。店舗で採寸や試着をするだけでポイントが貯まるため、「今日は買わないけれど、試着だけしに行こう」という来店動機を意図的に生み出しています。

さらに2024年10月にはロイヤルティプログラムをリニューアルし、アプリ経由のEC売上は前年比133%(25/3期2Q累計)に伸長しました。ワコールは会員制度を「買った人への還元」だけでなく「体験した人への還元」として設計しているのです

戦略② 3Dボディスキャナー「SCANBE」で20〜30代の新規獲得ファネルを作る

2019年5月にスタートした3D計測サービスは、2024年3月に「SCANBE(スキャンビー)」としてリブランドされました。 「わたしを知って、わたしになる。」をコンセプトに、Z世代を明確にターゲットとしています。

◆SCANBE 公式トップページ

SCANBE 公式トップページ

参照:SCANBE公式サイトより

SCANBEでは、VRC社が開発した3Dボディスキャナーを使い、わずか約3秒のセルフ計測で全身18か所の採寸データ、360度3D映像、体型の特徴判定が得られます。SCANBEの計測は無料な上に、個室でひとりで行えるため、「販売スタッフに採寸される」ことに対する心理的ハードルの解消に大きく貢献していると考えられます。

以下の表は、SCANBEが提供するサービスの一覧です。

◆SCANBEのサービスメニュー

サービス名 料金 開始時期 概要
3Dボディスキャン 無料 2019年5月 全身18か所の採寸・3D映像
わたしに合うブラ診断 無料(予約制) 2023年10月 体型タイプ診断+BA接客(10分)
わたしを知る骨格診断 3,500円 2024年3月 AIによる骨格タイプ判定
からだバランス診断 2,000円 2025年6月 姿勢レベル・6種バランスタイプ診断

参照:各ニュースリリースより筆者作成

注目すべきは、SCANBEの利用者データです。

◆SCANBEの主要KPI

指標 数値
累計体験者数 30万人超(2025年5月末)
利用者の年齢層 7割超が20〜30代
アプリ連携率 約85%
新規会員登録率 約57%
有料コンテンツ利用率 48%(POP UP期間)

参照:各期決算説明資料、ニュースリリースより筆者作成

利用者の7割超が20〜30代というデータは、ワコールの既存顧客層よりも若い世代が、SCANBEを入口に流入していることを示しています。 さらにアプリ連携率85%・新規会員登録率57%という数字は、SCANBEが単なる体験イベントではなく、会員獲得ファネルとして機能していることの証左です。

実際、2024年5〜6月にルミネ新宿で開催された初のPOP UPでは、計画比133%の来場者を記録しました。POP UP後には、常設店の1日あたり計測人数が4.2人→7.3人(174%)に増加するという波及効果も確認されています。

これは一見ワコールだからこそ成立する施策に見えますが、この施策の本質は「購入前に体験させ、その体験データを会員制度に接続する」という設計そのものです。この考え方自体は、フィッティングやサイズ提案が重要な商材を扱う企業であれば十分に応用可能でしょう。

戦略③ 取り置き・取り寄せサービスで来店率60%超のOMO導線を設計する

2023年10月に開始された「取り置き・取り寄せサービス」は、ワコールのOMO戦略の中核を担う施策です。

このサービスの仕組みはシンプルです。ワコールウェブストアまたはアプリから商品を選び、受け取りたい店舗を指定すると、在庫が手配されしだい通知が届きます。7日以内に来店して店頭で試着・購入でき、送料は無料、決済も店頭で完結します。

◆ワコールの取り置き・取り寄せサービス

ワコールの取り置き・取り寄せサービス

参照:ワコール取り置き・取り寄せサービスより

実際の利用時には画面上で商品選択から店舗指定まで完結する導線が組まれており、ユーザー側の操作ステップは最小限に抑えられているのが特徴です。

以下の表は、このサービスの主要KPIです。

◆取り置き・取り寄せサービスの実績

指標 数値
展開店舗数(開始時) 約150店(百貨店50+直営店100)
展開店舗数(2025年3月期) 344店
取り置き後の来店率 60%超
来店後の購買率 80%超
EC・店舗併用顧客の購買回数 単一チャネルの約2.3倍
現在の併用率 約10%
目標併用率 20〜30%

参照:各期決算説明資料より筆者作成

来店率60%超・購買率80%超という数字は、このサービスがEC上の「カゴ落ち防止」ではなく「店舗への送客装置」として機能していることを示しています。

そもそもワコールはこのサービスのKPIを「EC売上」ではなく「来店率」「購買率」で管理しています。ECの役割が「売る場」から「来店前の不安と在庫リスクを解消する場」へと拡張されているのです

現在の併用率は約10%ですが、目標は20〜30%です。併用顧客の購買回数が2.3倍であることを考えると、この併用率の向上は売上成長に直結します。これは中堅ECでも参考にしやすい施策です。ワコールが実践している店舗受取や取り置きの仕組みは、大規模なシステム投資なしでも導入可能な「OMOの最小構成」であると言えるでしょう。

戦略④ OMO型店舗「WACOAL is」でEC×店舗融合の売場を実証する

2025年4月18日、ワコールは初のOMO型店舗「WACOAL is(ワコール イズ)」をららぽーと安城にオープンしました。

◆ワコールのOMO型店舗「WACOAL is」の外観イメージ

ワコールのOMO型店舗「WACOAL is」の外観イメージ

参照:ワコール ニュースリリース(2025年4月16日)より

WACOAL isは、ワコール公式EC「ワコールウェブストア」が運営する初の実店舗で、従来のブランド別の売場設計ではなく、「ニーズ別」に商品を編集している点が最大の特徴です。 ウェブストアの人気ランキングや特集コンテンツと連動したコーナーを設け、デジタル上の企画を実際に商品を見ながらリアルに体験できる空間を作っています。

さらに店頭のQRコードからEC上の商品詳細ページへ遷移し、取り置き・取り寄せにもつなげられる導線が設計済み。またSCANBEを売場最前線に配置したところ、1日あたりのSCANBE体験者数は全国トップレベルに達しました

売場の約半分をメンズ・ユニセックス商品としている点も見逃せません。 インナーウェアの売場は「女性が一人で入る場所」というイメージが強いですが、カップル・ファミリーでの来店を想定することで、来店のハードルを下げています。

WACOAL isは現時点では1店舗ですが、「ECが店舗を運営する」という逆転の発想は、OMOの次のフェーズを示唆しているとも考えられます。

戦略⑤ 計測データをECの「相性度表示」に接続しCVRを改善する

2025年7月、ワコールは「わたしに合うブラ診断」のEC連携アップデートを実施しました。 これにより、SCANBEで計測したボディデータ、または3〜6問のセルフ質問で取得した推定データをもとに、EC上で商品ごとの「相性度」が表示されるようになりました。

◆「わたしに合うブラ診断」イメージ

「わたしに合うブラ診断」イメージ

参照:ワコールウェブストア「わたしに合うブラ診断」より

この「相性度」システムは、測定やアンケート結果をもとに分類された8タイプのボディタイプに基づき、各商品との相性を可視化する仕組みです。利用者満足度は4.6/5と高い水準を記録しています。

ポイントは、この施策が「返品を減らす」ためのツールではなく、「購入前の不安を解消してCVRを上げる」ための打ち手として設計されている点です。 インナーウェアは試着できないとサイズが合うか不安で購入を躊躇しやすい商材です。「相性度」という分かりやすい指標で背中を押すことで、ECでの購入ハードルを下げているのです。

◆ボディデータをもとに「相性度」を表示

ボディデータをもとに「相性度」を表示

参照:ワコールウェブストア ボディデータ入力後の商品一覧ページより

店舗でのSCANBE体験→アプリにデータ記録→ECで相性度を参照して購入、という一連の導線が、ワコールのOMO戦略の「データの流れ」を象徴しています。

そして「わたしに合うブラ診断」は、SCANBEを体験していない顧客でも、アンケートによって推定タイプを取得できるようになっています。これによって、すべてのEC訪問者がこの機能の恩恵を受けられることになるのです。

戦略⑥ EC物流内製化と在庫一元管理。取り置き・OMOを裏で支えるインフラ

ワコールのOMOを語るうえで、物流戦略は避けて通れないテーマです。戦略③で紹介した「取り置き・取り寄せ」や、戦略④の「WACOAL is」といったOMO施策は、すべて裏側の物流基盤なしには成り立たないのです

ワコールは2022年10月、滋賀県守山市の守山流通センターを増床し、EC物流を外部委託から自主運営に切り替えました。

◆守山流通センター増床の概要

項目 内容
投資額 約50億円
稼働開始 2022年10月
面積 約39,600㎡→約63,690㎡(1.6倍)
出荷能力 1.3倍に拡張
当日出荷 16:45カットオフ

参照:ワコールHD有価証券報告書、IR資料より筆者作成

この増床の本質は、BtoB(卸売)とBtoC(EC個人配送)の在庫一元管理を実現したことにあります。 従来はEC在庫と店舗在庫が分かれていたため、「ECには在庫がないが店舗にはある」「店舗から取り寄せたいがデータがつながっていない」という事態が頻発していました。

在庫を一元化したことで、ECサイトから全国の在庫をリアルタイムで参照でき、取り置き・取り寄せが可能になりました。さらにRFID(ICタグ)の全面導入により、検品精度99%、年間2,000時間超の作業時間削減を達成しています

ECのフロント施策がどれほど優れていても、バックエンドの物流が追いつかなければOMOは絵に描いた餅です。 ワコールが約50億円を投じて物流基盤を整備した判断は、OMO戦略全体の実行力を支える根幹だと言えるでしょう。

戦略⑦ Amazon Pay導入で新規会員登録率を20%引き上げる

ワコールは2024年3月末にAmazon Payを導入しました。7つの戦略のうち、最も取り組みやすい施策がこのAmazon Pay導入であるかもしれません。

Amazon Pay導入は、単なる「決済手段の追加」にはとどまりません。ワコールが工夫したのは、「注文を確定する」ボタンの上に「お客様情報を会員として登録する」「メールマガジンを購読する」チェックボックスを設置し、注文確定と同時に会員登録が完了する設計にした点なのです。

◆Amazon Pay導入後の主な効果(導入約3ヶ月後)

指標 変化
新規会員の登録完了率 通常導線比+20%
サイト全体の登録完了率 +7%押し上げ
新規ユーザー売上高 +2〜3%増
カゴ落ち率 低減
サイト全体CVR 向上

参照:ECのミカタ Amazon Pay導入事例(2024年)より筆者作成

当初はゲスト購入の導入も検討されましたが、購入後のアフターフォロー(サイズ交換・レビュー依頼など)が会員情報なしでは実行しにくいという理由で見送り、あえてこのAmazon Payによる「購入と同時の会員化」を選択したとされています。

さらに2024年7月にはAmazonプライムデー連動キャンペーン、12月にはワコール独自のAmazon Pay還元キャンペーンを実施するなど、ワコールはAmazonをマーケティングチャネルとしても積極的に活用しています。

ワコールはこうして、新規顧客獲得コストが高騰するなか、決済導線の改善だけで登録率を20%向上させました。この事例は、規模を問わず参考にできるでしょう。

ワコールの戦略が問いかける「ECの役割」。なぜ店舗併用顧客の購買回数は2.3倍なのか

ここまで7つの戦略を見てきました。ここからは、個別施策を横断する「ワコールの設計思想」を掘り下げます。

併用率10%→目標30%の意味。「ECで完結させない」KPI設計

ワコールのIR資料では、売上を「会員数 × 購買回数」に分解し、会員数の拡大と購買回数の向上を成長の基本方程式としています。

この方程式において、EC・店舗の併用率は購買回数を倍増させる最大のレバーです。 併用顧客の購買回数が単一チャネルの2.3倍であることはすでに触れましたが、現在の併用率は約10%にとどまっています。この併用率を20〜30%に引き上げることこそが、ワコールの成長戦略の核心となってくるでしょう

逆に言えば、EC単体の売上を最大化するKPI設計では、この構造は実現できません。ワコールの施策を理解するうえでは、この「EC売上」ではなく「EC経由の来店率」「併用率」をKPIに設定する思想を把握することがポイントとなります。

計測・試着・レビューを会員制度に組み込む「スタンプ戦略」の構造

「戦略①」で解説したとおり、ワコールの会員制度には、購入だけでなく「店舗での採寸」「試着」「レビュー投稿」でもスタンプが貯まる仕組みがあります。ここでは、この仕組みをKPI設計の観点から掘り下げます。

一般的なポイント制度は「購入金額に連動する」設計ですが、ワコールのスタンプ制度は「体験に連動する」設計です。 採寸1回、試着1回、レビュー投稿1回でそれぞれスタンプが付与され、10スタンプで500ポイントに交換できます。

この設計の意味は明確です。「購入」だけでなく「来店」「体験」「発信」という行動そのものにインセンティブを付けることで、顧客との接点回数を増やし、結果として購買回数の向上につなげているのです。

「買わなくてもポイントが貯まる」という仕組みは、一見すると非効率に思えるかもしれません。 しかし、併用顧客の購買回数が2.3倍であるという事実を踏まえれば、「まず来店させる」ことへの投資は合理的だと言えるでしょう。

EC基盤刷新が変えたのは「システム」ではなく「意思決定の速度」

ワコールウェブストアは2019年11月、オンプレミス型のECパッケージからSalesforce Commerce Cloudへ移行しました。

◆EC基盤刷新の前後比較

項目 刷新前 刷新後
アップデート頻度 年1回程度 年6〜8回(自動)
セール時の安定性 サーバーダウン頻発 ダウンなし
導入初月の売上変化 1.2倍
料金体系 固定コスト 売上連動型

参照:ECのミカタ TIS導入事例より筆者作成

導入初月から売上1.2倍を達成し、2020年のコロナ禍では例年の2倍以上の売上を記録。中でも直営店ブランドのアンフィ・ウンナナクールは前年比3倍、就寝用ブラジャーは前年比5倍という爆発的な伸びを見せました

しかし、この基盤刷新で最も重要だったのは売上の変化ではありません。 「年1回のアップデート」が「週次の改善サイクル」に変わったことで、現場から改善要望が出やすくなり、マーケティング施策の実行速度が劇的に上がったという変化が生じたのです。

戦略⑤で紹介した「ブラ診断EC連携」のような機能追加も、年1回しかアップデートできない旧システムでは実現が難しかったはずです。EC基盤の刷新は「ITの話」ではなく、「マーケティングの実行速度への投資」として捉えるべきだと言えるでしょう。

EC事業者がワコールから学べる3つのポイント

ワコールの施策には、ワコールの規模だからこそ成立するものも多い一方で、中堅ECでも再現可能な考え方が含まれています。ここでは、自社に応用しやすい3つのポイントを整理します。

少しでも取り入れられそうなアイデアがないか、ぜひチェックしてみてください。

ポイント① OMOの最小構成は「取り置き」から始められる

SCANBEやWACOAL isのような大規模投資はすぐには真似できなくても、「取り置き・取り寄せ」の仕組みであれば、比較的小規模な投資で導入可能です。

ワコール自身も、取り置きサービスの展開店舗数を150店→344店へと段階的に拡大しています。まずは一部の直営店舗から始め、来店率や購買率のデータを蓄積しながら対象店舗を広げていくアプローチが現実的です

EC上で「この商品を店舗で確認したい」というニーズに応える導線を設けるだけでも、ECから店舗への送客効果は見込めます。これがOMOの出発点となるでしょう。

ポイント② 「購買以外の体験」を会員インセンティブに設計する

ワコールのスタンプ制度を裏側から捉えると、そこには「買った人だけを優遇する」会員制度の限界も見えてきます。

同社は採寸、試着、レビュー投稿といった「購買以外の行動」にインセンティブを付けることで、まずは来店回数と接点回数を増やし、結果的に購買回数の向上につなげています。この考え方は、自社の会員制度を見直す際の有力な視点になるでしょう。

たとえば、アパレルであれば「試着予約でポイント付与」「コーディネート投稿でポイント付与」、化粧品であれば「肌診断でポイント付与」など、自社商材の購買プロセスに合わせた設計が可能です。ユーザー心理を分析し、適切な施策を選択することで、結果的に売り上げを大きく伸ばせる可能性もあります。

ポイント③ フィット不安をECで解消する。簡易診断から商品出し分けまでの導線設計

3Dスキャナーのような大型設備がなくても、「簡易診断→タイプ判定→商品出し分け」という導線は実装可能です。ワコールの「ブラ診断EC連携」には、3〜6問のアンケートでボディタイプを推定し、商品ごとの相性度を表示するという仕組みが搭載されています。 

サイズ選びの不安は、インナーウェアに限らずアパレル全般、シューズ、スポーツ用品など幅広い商材に共通する課題です。「診断コンテンツ」を単なる集客ツールとして使うのではなく、ECの商品ページ上の「相性度表示」にまで接続すれば、CVR改善の打ち手にもなるかもしれません。

ワコールのEC戦略に関するよくある質問(FAQ)

最後に、ワコールのEC戦略に関してよく寄せられる質問にまとめて回答します。

Q. ワコールのEC化率と売上規模は?

ワコールHDグループ主要5社のEC化率は30.8%(2025年3月期)、EC売上高は463億円です。ただし国内ワコール単体のEC化率は23%であり、グループ全体の数字にはピーチ・ジョン(50%)や米国ワコール(45%)の高い数字が含まれています。

Q. SCANBEのような3D計測は中堅企業でも導入できるか?

3Dボディスキャナー自体はVRC社が提供するシステムのため、機器の導入だけなら可能です。ただし全国27店舗への展開や、ワコール人間科学研究開発センターの60年分の体型データに基づくアルゴリズムは、ワコールの規模と歴史があってこそ実現している点を無視することはできません。

中堅企業が参考にすべきは、ハードウェアよりも「計測→データ記録→EC上の商品提案への接続」という導線設計の考え方そのものです。簡易的なサイズ診断ツールやフィット診断をEC上に実装し、その結果を商品レコメンドにつなげるだけでも、SCANBEと同様の効果を小規模に再現できます。

Q. 中堅アパレルがワコールの施策を参考にするなら何から始めるべきか?

まずは「取り置き・取り寄せ」の導入から検討することをおすすめします。ワコール自身もこの仕組みを150店からスタートし、段階的に344店まで拡大しています。

あるいは会員制度において「購買以外の行動」にもポイントを付与する仕組みの導入を検討してみるのも良いでしょう。試着予約やレビュー投稿にインセンティブを設けるだけでも、来店率・接点回数の向上が期待できます。

まとめ|ワコールのEC戦略が示す「店舗を殺さないデジタルシフト」の形

ワコールのEC戦略の本質は、「ECで売る」ことではなく「ECで来店させる」ことにあります。

665万人の会員基盤、SCANBEによる体験型の新規獲得ファネル、取り置きサービスによる来店率60%超の送客導線、そしてすべてを支える物流基盤があります。一見バラバラに見える施策も、「EC・店舗の併用率を引き上げ、顧客一人あたりの購買回数を最大化する」という一つの方程式で貫かれています。

「EC化率を上げなければ」というプレッシャーのなかで、ECの役割を「売上チャネル」だけで捉えてしまうと、店舗との食い合いが起きます。ワコールが示したのは、ECを「店舗を活かすための装置」として設計するという選択肢です。

自社のECは、売上を生む場所だけでしょうか。それとも顧客体験を設計する起点でしょうか。その問いに向き合うきっかけとして、ワコールの事例を参考にしていただければ幸いです。

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