多くの企業が「自社ECの売上比率を上げたい」という命題を抱えています。それに対して「短期売上」ではなく「LTVとデータ資産」を優先するという逆転の発想で、圧倒的なEC基盤を築いた企業が存在します。それが世界最大級の食品メーカー、ネスレです。
グローバルでのEC売上比率約19%、デジタル広告投資比率70%超、ファーストパーティデータ3.4億件以上。多くの食品メーカーがAmazonや楽天への出店で苦戦する中、なぜネスレはD2Cで圧倒的な成功を収めることができたのでしょうか。
本記事では、ネスレが実践する7つのEC戦略について、公式発表資料や決算情報をベースに解説します。
※なお、ネスレ日本株式会社は非上場企業であるため、日本市場単体のEC売上比率や詳細な財務データは公開されていません。本記事で紹介する数値は、特に断りがない限りネスレS.A.(スイス本社)が発表しているグローバル全体の数値です。ただし、「ネスカフェ アンバサダー」や「ネスレ通販」など日本独自のサービスについては、公式サイトの情報をもとに解説しています。
ネスレのEC戦略とD2C事業の現在地
ネスレS.A.(スイス本社)は、グローバルでEC・デジタル戦略を積極的に推進しています。2024年通期決算によれば、EC売上は前年比11.3%成長し、グループ全体売上の18.9%に達しました。
下記の表は、ネスレのEC売上比率の推移です。
◆ネスレのEC売上比率の推移(2019年〜2024年)
| 年度 | EC売上比率 |
| 2019年 | 約9% |
| 2020年 | 約13% |
| 2021年 | 約15% |
| 2022年 | 約16% |
| 2023年 | 約17% |
| 2024年 | 18.9% |
このように、ネスレのECはコロナ禍の2020年に急伸し、その後も着実に成長を続けています。2024年には18.9%に達し、5年間でEC売上比率を約2倍に引き上げました。
売上の約19%がECから生まれるデジタル戦略
ネスレのEC戦略の特徴は、単なる「オンライン販売チャネルの追加」ではなく、顧客との直接的な関係構築を重視している点にあります。
2024年のAnnual Reportによれば、ネスレはEC売上が総売上の25%以上を占める市場を8つ持っており、その中には同社にとって最大市場であるアメリカと中国が含まれています。下記はネスレのデジタル戦略における主要KPIです。
◆ネスレのデジタル戦略 主要KPI(2024年)
| 指標 | 数値 |
| EC売上比率 | 18.9% |
| EC売上成長率(オーガニック) | +11.3% |
| デジタル広告投資比率 | 70%超 |
| ファーストパーティデータ | 3.4億件以上 |
| EC売上比率25%超の市場数 | 8市場 |
参照:Nestlé Full Year Results 2024、Nestlé Annual Report 2024より筆者作成
同社は45のコンテンツスタジオを活用してAIと機械学習を駆使したデジタルコンテンツを制作しています。このコンテンツエンジンがオンライン売上を支援していると公式に明記されています。
さらにAnnual Report 2024では「デジタルへの投資を加速し、リアルタイムデータとAIを活用したエンド・トゥ・エンドのインテリジェント・エンタープライズを目指す」と明記しており、ネスレがデジタル投資を経営戦略の中核に据えていることは明らかです。
ネスカフェ アンバサダーを中心としたD2C基盤
日本市場においては、「ネスカフェ アンバサダー」プログラムが同社のD2C戦略の中核を担っています。
◆ネスカフェ アンバサダー公式サイト トップページ

参照:ネスカフェ アンバサダー公式サイトより
ネスカフェ アンバサダーは、法人・個人事業主を対象としたオフィス向けコーヒーサービスです。コーヒーマシン(バリスタ、ドルチェグスト等)を本体無料で利用でき、コーヒーカートリッジの定期購入と組み合わせたサブスクリプションモデルで運営されています。
2012年のサービス開始から10年以上が経過し、このプログラムはネスレ日本のEC・D2C戦略において重要な位置を占めています。
ネスレのECマーケティング戦略7選
ネスレのEC戦略は、一般的な「商品をカートに入れる」ECサイトとは異なるアプローチを取っています。その独自の戦略を、7つのポイントに整理して解説します。
- 戦略①顧客データ獲得を目的としたD2C設計思想
- 戦略②ネスカフェ アンバサダーによるB2B2C型サブスクリプション
- 戦略③IoT連携マシンによる顧客行動データの収集
- 戦略④「定期お届け便」によるLTV最大化設計
- 戦略⑤オウンドメディアとECの連携による送客設計
- 戦略⑥ファーストパーティデータ戦略とデジタル広告投資
- 戦略⑦成長投資とコスト効率化の両立(Fuel for Growth)
それぞれ詳しく見ていきましょう。
戦略①顧客データ獲得を目的としたD2C設計思想
ネスレがD2Cに注力する理由は、2024年Annual Reportで明確に示されています。
ネスレはデジタル広告投資の70%超を実行しており、その効果測定とターゲティング精度向上のために3.4億件以上のファーストパーティデータを活用しています。これはサードパーティCookieに依存しない顧客データ基盤の構築こそが、今後のマーケティング競争力を左右するという判断です。
D2C(直販)チャネルは、この顧客データを直接取得できる唯一の手段です。小売店経由の販売では、「誰が」「いつ」「どのような頻度で」購入したかというデータを取得することができません。ネスレがECとD2Cに投資する最大の理由は、この顧客データの直接取得にあると言えます。
戦略②ネスカフェ アンバサダーによるB2B2C型サブスクリプション
ネスカフェ アンバサダーは、ネスレ日本が2012年から展開しているオフィス向けコーヒーサービスです。
公式サイトでは、3種類のコーヒーマシンから選べることが案内されています。また、サイト上で簡単なアンケートに答えるだけで、どのタイプがおすすめかもチェック可能です。
◆ネスカフェ アンバサダーで選べる3種のコーヒーマシン

このサービスの最大の特徴は、マシン本体が無料で利用できる点です。初期費用・サポート料金も無料で、コーヒーカートリッジ(エコ&システムパック、カプセル等)を定期便で購入することが利用条件となっています。対象は法人・個人事業主に限定されており、個人家庭での利用は対象外です。
このモデルの収益構造は、プリンター業界で一般的な「レーザープリンターモデル」(本体を安価または無料で提供し、消耗品で収益を得る)と同様です。マシン本体を無料で提供することで初期導入のハードルを下げ、継続的な消耗品購入によって長期的な収益を確保する設計になっています。
戦略③IoT連携マシンによる顧客行動データの収集
ネスレのコーヒーマシン「バリスタ」は、スマートフォンアプリ「ネスカフェ アプリ」と連携するIoT機能を備えています。
◆ネスカフェ アプリのイメージ

参照:App Store「ネスカフェ アプリ」 紹介ページより
ネスカフェアプリでは、さまざまな機能が提供されています。
- コーヒーを淹れるたびにポイントが貯まるゲーミフィケーション要素
- オリジナルレシピの保存と共有
- マシンの遠隔操作
- 消耗品の購入機能
- マシンの使用と連動した見守り機能
特筆すべきは「ネスカフェ コネクト」という見守り機能です。これはコーヒーを淹れるとLINEにスタンプが送信される機能で、離れて暮らす家族の見守りツールとして活用されています。これは「とにかくコーヒーを売る」という発想からは生まれない、顧客の課題解決を起点としたサービス設計の好例です。
このIoT連携により、ネスレは「いつ」「どのくらいの頻度で」「どのような設定で」コーヒーを飲んでいるかという顧客の行動データを取得することができます。このデータは、小売店経由の販売では絶対に得られないファーストパーティデータであり、ネスレのD2C戦略における重要な競争優位性となっています。
戦略④「定期お届け便」によるLTV最大化設計
ネスレ通販の「定期お届け便」には、顧客の継続購入を促進するための仕組みが緻密に組み込まれています。
公式サイトによれば、定期便の主な特典は下記の3点です。
◆ネスレ定期お届け便の主な特典
| 特典 | 内容 |
| 価格優遇 | 最大33%OFF(バリスタ詰め替え)、最大15%OFF(ドルチェグストカプセル) |
| 配送の柔軟性 | 1ヶ月・2ヶ月・3ヶ月から選択可能、休止・延期・前倒しも自由 |
| マシン保証延長 | 定期便継続で最大5年に延長 |
この設計のポイントは、「解約」ではなく「延期」で対応できる柔軟性にあります。「余っているから解約する」のではなく「配送を延期する」という選択肢を提供することで、顧客の離脱(チャーン)を防止しているのです。
さらに、マシン保証を定期便継続の条件として最大5年に延長する特典があります。これにより「マシンを使い続けるインセンティブ」と「定期便を継続するインセンティブ」が連動し、顧客のロックインを実現しています。
戦略⑤オウンドメディアとECの連携による送客設計
ネスレは「ネスレアミューズ」というオウンドメディアを運営しており、ブランド情報、レシピ、キャンペーン情報などを発信しています。
トップページでは、レシピや商品情報など多様なコンテンツが並んでいます。
◆ネスレアミューズ トップページ

参照:ネスレアミューズ より
ネスレのデジタル基盤は、以下の3層で構成されています。
- ブランドページ(各商品・ブランドの詳細情報)
- コミュニケーションページ(レシピ、動画コンテンツなど)
- ECサイト(ネスレ通販)
この設計から見えてくるのは、直接的な販売ページだけでなく、「役に立つ・楽しい」コンテンツを経由させることで、ブランドとの関係を深めてから購買につなげるという思想です。
また、2024年Annual Reportによれば、ネスレは45のコンテンツスタジオを運営し、AIと機械学習を活用してデジタルコンテンツを制作しています。このコンテンツエンジンがオンライン売上を支援していると明記されています。
戦略⑥ファーストパーティデータ戦略とデジタル広告投資
ネスレのデジタル戦略で最も重要な数字は、「3.4億件以上のファーストパーティデータ」です。
2024年Annual Reportによれば、ネスレは下記のデジタル投資を実行しています。
◆ネスレのデジタル投資状況(2024年)
| 指標 | 数値 |
| メディア予算のデジタル広告比率 | 70%超 |
| ファーストパーティデータ | 3.4億件以上 |
| コンテンツスタジオ数 | 45拠点 |
| 広告・マーケティング投資目標(2025年末) | 売上の9% |
参照:Nestlé Annual Report 2024より筆者作成
この戦略の背景には、Cookieレス時代への備えがあります。サードパーティCookieの廃止により、従来のようなプラットフォーム依存の広告配信が困難になる中、自社で顧客データを保有することの重要性が高まっています。ネスレは3.4億件以上のファーストパーティデータを保有することで、プラットフォーム(Google、Meta等)に依存しない広告配信基盤を構築しているのです。
戦略⑦成長投資とコスト効率化の両立(Fuel for Growth)
戦略①〜⑥で紹介したEC施策を継続するには、原資が必要です。ネスレはその原資をどう確保しているのでしょうか。
2024年、ネスレは新CEO Laurent Freixe氏のもとで「Fuel for Growth」と呼ばれるコスト削減計画を発表しました。
この計画は、2027年末までに少なくとも25億CHF(約4,250億円)のコスト削減を目指すものです。削減の中心は調達領域で、以下のような内容が含まれています。
- AIを活用した調達・サプライヤー管理
- 支出統合
- e-sourcing自動化
重要なのは、このコスト削減が「投資削減」ではなく「成長投資の原資創出」を目的としている点です。実際、ネスレは2025年末までに広告・マーケティング投資を売上の9%に引き上げることを発表しており、デジタル・EC領域への投資は継続される見込みです。これらはつまり「削って終わり」ではなく「削って成長に回す」という戦略であると考えられます。
自社がネスレから学べる3つのポイント
ネスレの戦略を単純な「成功事例」とし、模倣しようとするのは危険です。ネスレはグローバルで約915億CHF(約15兆円)の売上を持つ世界最大の食品メーカーであり、その投資規模をそのまま再現することは現実的ではありません。しかし、戦略の「思想」は規模に関係なく参考にできます。
ここでは、ネスレ以外のメーカーでも実行可能な3つのポイントを整理します。
ネスレの「仕組み」ではなく「考え方」を参考に、自社のEC戦略に活かしていきましょう。
ポイント①ファーストパーティデータ収集の開始
ネスレが3.4億件のファーストパーティデータを保有しているのは、長年のD2C投資の結果です。同規模のデータを短期間で蓄積することは不可能ですが、「顧客データを自社で持つ」という発想自体は今日から始められます。
具体的には、ECサイト会員登録時のアンケート、購買履歴の蓄積、メールマガジン開封率・クリック率の測定などから着手できます。高額なMAツールを導入しなくても、Googleアナリティクスとスプレッドシートの組み合わせでも初期段階の顧客データ管理は可能です。
Cookieレス時代が本格化すれば、サードパーティデータに依存した広告運用は効率が大幅に低下します。今のうちに自社でデータを蓄積しておくことが、将来の広告費高騰への備えになります。「データを持っている企業」と「持っていない企業」の差は、数年後に明確に表れるでしょう。
ポイント②定期便の設計見直し
ネスレの定期便設計から学ぶべきは、「継続しやすい仕組み」の重要性です。
多くのECサイトの定期便は「割引」だけを訴求しがちですが、ネスレは「休止・延期の柔軟性」「継続特典の明確化(保証延長など)」「価格優遇」という3つの要素を組み合わせています。特に「解約」ではなく「スキップ・延期」という選択肢を目立たせることで、顧客の心理的ハードルを下げています。
ネスレの特徴は「余っているから解約する」のではなく「今月は届けなくていい」と思わせる設計です。この違いは小さいようで、チャーン率(解約率)に大きく影響します。消耗品ビジネスを展開している場合、定期便の管理画面UI(マイページ)を見直すだけでも効果が期待できます。
ポイント③コンテンツマーケティングとEC連携
ネスレが実施する「オウンドメディアとECの連携」は、企業規模を問わず参考になる可能性が高い発想です。なにもネスレのように45のコンテンツスタジオを持つ必要はありません。noteやWordPressを活用すれば、レシピ・使い方・お客様の声などのコンテンツを地道に蓄積することから始められます。
重要なのは、「直接的な販売促進」ではなく「顧客にとって価値のある情報提供」を先行させるという発想です。「買ってください」ではなく「こう使うと便利ですよ」「こんな楽しみ方がありますよ」という情報が、結果的に購買につながります。
広告費をかけずに検索流入を獲得できるコンテンツは、長期的に見れば最もコストパフォーマンスの高い集客手段です。毎月1本でも、1年続ければ12本のコンテンツ資産が積み上がります。
ネスレのEC戦略に関するよくある質問(FAQ)
最後に、ネスレのEC戦略について頻出の質問にお答えします。
Q. ネスレのEC売上比率は何%ですか?
2024年通期決算(グローバル)によれば、EC売上比率は18.9%です。オーガニックベースで前年比11.3%成長しました。8市場でEC売上比率が25%を超えており、米国・中国という2大市場が含まれています。
なお、ネスレ日本は非上場のため、日本市場単体のEC売上比率は公式には開示されていません。
Q. ネスカフェ アンバサダーとは何ですか?
ネスカフェ アンバサダーは、ネスレが提供する法人・個人事業主向けのオフィスコーヒーサービスです。コーヒーマシン(バリスタ、ドルチェグスト等)を本体無料で利用でき、コーヒーカートリッジの定期購入と組み合わせて運営されています。
2012年のサービス開始から既に10年以上が経過し、多くの企業が継続利用していることがうかがえます。ただし、個人家庭での利用は対象外です。
Q. 中堅メーカーがネスレの戦略を参考にするなら、何から始めるべきですか?
大規模投資が不要な3つの施策から始めることをおすすめします。
まず、ECサイト会員データや購買履歴の蓄積によるファーストパーティデータ収集を始めることです。次に、既存の定期便を「継続しやすい設計」に見直すこと(休止・延期の柔軟性、継続特典の明確化)。そして、ブログやnoteでのコンテンツ発信による「広告費をかけない集客基盤の構築」です。
IoTデバイス開発や大規模なアンバサダー制度は、投資余力がない限り後回しにすべきでしょう。
まとめ
ネスレのEC戦略は、「ECで売る」という発想を超えた、「顧客と直接つながり、データを蓄積し、長期的な関係を構築する」ための仕組みです。
公式発表資料から読み取れる戦略のポイントは、ファーストパーティデータ(3.4億件以上)の獲得を最重要視していること、マシン×サブスクのロックインモデルによるLTV最大化を図っていること、そしてコスト効率化(Fuel for Growth)で成長投資の原資を確保していることの3点に集約されます。
EC担当者にとって重要なのは、ネスレの施策を盲目的に模倣することではありません。自社の商材特性、投資余力、チャネル構造を見極め、「実行可能な施策」を選択することです。
EC売上比率を引き上げたいのであれば、まずは「顧客データを自社で持つ」という発想を取り入れることから始めてみてください。
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