ビックカメラのマーケティング施策

家電量販店大手のビックカメラの業績は、近年横ばいに推移しており、2023年8月期の単体売上高は前期比104.5%の425,5億円でしたが、コロナ禍前の2019年の売上を下回り、未だ回復に至っていません

この現状を打破し競合他社との差別化を図るべく、2022年にDX宣言を発表しデジタルを活用した大変革に乗り出しました。この改革の軸として大規模なOMO戦略を推進し、店舗とECの融合による相互送客の実現と、顧客エンゲージメントの向上を目的としたマーケティング力の強化に取り組んでいます。

本記事では、ビックカメラの業績やOMOを軸としたマーケティング施策などの取り組みについて詳しく解説します。競争が激しい家電業界で、ビックカメラがどのような動きで競合差別化を図っているかを見ていきます。

ビックカメラの業績は横ばい状態

まずはビックカメラの業績について、業績の推移をグラフにまとめてみました。下記は、2018年度から2023年度のビックカメラ単体の売上高と純利益の推移を示したものです。

◆ビックカメラの売上高および当期純利益推移

ビックカメラの業績推移

売上高(百万円) 当期純利益(百万円)
2018年8月期 487,523 12,055
2019年8月期 516,078 7,300
2020年8月期 460,501 △424
2021年8月期 440,298 1,358
2022年8月期 405,608 2,057
2023年8月期 425,526 △4,304

データ引用:IRライブラリー(株式会社ビックカメラ:株主・投資家情報サイト)

グラフを推移を見ると、全体的な推移として売上は横ばいに状態になっています。特にコロナ禍の2020年度には、外出自粛やインバウンドの減少により売上が落ち込んでいることがわかります。以降も売上の減少が続き、2023年度には前期より微増とはなりましたが、コロナ禍前の売上に戻すことはなく回復に至っていないのが現状です。

EC売上はコロナ禍を契機に大きく伸長

次にECの売上について見てみます。下記は、コジマやソフマップなどを含めたグループ連結のデータになりますが、EC売上高とEC化率の推移を示したグラフです。

◆グループ連結のEC売上高推移

ビックカメラの連結EC売上高推移

連結EC売上高(億円) EC化率(%)
2018年8月期 864 10.2
2019年8月期 1,039 11.6
2020年8月期 1,487 17.5
2021年8月期 1,564 18.8
2022年8月期 1,434 18.1
2023年8月期 1,274 15.6

コロナ禍には全体売上高は落ち込みましたが、一方でEC売上高にフォーカスすると、2020年度には大きく売上を伸長させています。コロナ禍の外出自粛によりECシフトしたことが顕著に表れていることがわかります。

そのまま右肩上がりとは行かず、2021年度をピークにそれ以降は減少傾向が続いていますが、コロナ禍前と比較しても高いEC利用率を保っており、2023年度のEC売上高は2019年度比123%となっています。2023年8月期の決算資料によると、下記データが示す通り、店舗からECへの送客強化や既存顧客のリピート促進によりEC利用者は拡大しています。

・店舗・EC両利用顧客(店舗のみ利用顧客比)
購買金額:280% 購買頻度:220%

・店舗・EC両利用顧客数
2019年8月期比:130%

引用:2023年8月期 決算説明会資料

つまり、店舗とECサイト両方を利用する顧客は、店舗のみを利用する顧客と比較して、購買金額は280%、購買頻度は220%となり、また、店舗とECサイト両方を利用する顧客は、2019年8月期と比較して3割増加しました。この結果には、コロナ禍によるEC利用の増加を契機とした本格的なデジタルマーケティング戦略の強化が背景にあります。

ビックカメラOMO戦略の推進

2022年6月、ビックカメラは「デジタルを活用した製造小売物流サーキュラー企業」を目指すべくDXの推進を宣言し、その一環として、「ビックカメラOMO戦略」を打ち出しました。

◆「ビックカメラOMO戦略」全体イメージ

ビックカメラOMO戦略全体イメージ

出典:パーパス実現に向けてDX宣言を発表(プレスリリース/2022年6月13日)

具体的には、CRM「Salesforce Lightning Platform」の導入による顧客基盤の整備、顧客接点の管理、オフラインとオンラインをまたいだ顧客データ分析、パーソナライズされた顧客サービスの実現、また、これらのデータ活用基盤の整備として、基幹システムをクラウドサービスプラットフォーム「AWS」へ移行するといった取り組みがなされました。

このようなデジタル基盤を土台に、店舗とECのシームレスな融合を通じて顧客体験の向上を目的とした「ビックカメラOMO戦略」の本格的な推進が始まりました。具体的なマーケティング施策について、次項で紹介してまいります。

店舗とECの相互送客を実現するビックカメラの5つのマーケティング施策

ビックカメラでは、OMOによるECと店舗の相互送客の強化に注力しています。ここでは、その具体的な5つのマーケティング施策について紹介します。

① 電子棚札によりECとシームレスに連携

ビックカメラのOMO施策のひとつの軸は同社のスマートフォンアプリです。2019年より店舗の商品棚には「電子棚札」が導入されました。商品のプライスカードが直接本部の基幹システムとネットワークでつながっており、本部で価格などの情報を変更した場合に、即座にプライスカードの内容に反映される仕組みになっています。これにより、ECサイトと店舗はもちろん、家電業界にとって重要な近隣店舗との価格差のタイムラグをなくし、さらには値札管理の大幅な業務効率化が実現されました。

◆ビックカメラの電子棚札

ビックカメラの電子棚札
※筆者撮影

また、アプリを起動した上でスマホ端末をプライスカードにタッチすることで、即座にECサイトの当該商品ページにアクセスし、在庫やレビューを確認できたり、そのまま注文もできる仕組みになっています。(“アプリでタッチ”機能)

店舗で商品の現物を確認して値札などの写真を撮り、自宅に帰ってから検索して、自社あるいは他社のECサイトにアクセスして購入するといった行動を取るユーザーも少なくありませんが、本機能ではスマホアプリに閲覧履歴が残るため、そのようなユーザーも、時間と場所を選ばずすぐに商品ページにアクセスすることが可能になります。

下記は、筆者が店舗で実際に「スマホでタッチ」機能を試した際のキャプチャ動画です。

◆「アプリでタッチ」機能

 

② ネット取り置きサービスにより利便性向上

ビックカメラの「ネット取り置きサービス」は、同社のECサイト「ビックカメラ.com」で探した商品を、実店舗で取り置き・購入できるサービスです。ECサイトで、当該商品の全店舗在庫状況を確認し、在庫がある店舗から希望店舗と来店日時を指定し、商品を受け取ることができます。営業終了1時間前までに申し込めば、当日在庫手配の状況をメールで確認することが可能です。

ネット取り置きサービスにより、ユーザーは送料や配達にかかる時間をかけずに商品を入手できるなど利便性が向上し、店舗側も配送コストをカットできるとともに、ユーザーの店舗来店による“ついで買い”など、販売機会の獲得にもつながります。

◆ネット取り置きサービス

ビックカメラの店舗取り置きサービス

参考:ネット取り置きサービス

③ ライブ配信プラットフォームとの提携によるライブコマース

ビックカメラは、ライブコマースによる新しい購入体験価値の創出を目的として、2022年にライブ配信専門プラットフォーム「SHOWROOM」と業務提携し、同ブラットフォーム内の専門ルームでのライブ配信を開始することになりました。

企業のライブコマースで活用されるプラットフォームでは、YouTubeやInstagramがよく活用されますが、ビックカメラがSHOWROOMによる配信を行うことには、ライブ配信専門プラットフォームならではの、ユーザーとのよりインタラクティブなコミュニケーションと、ビックカメラ.comの顧客とSHOWROOMのユーザーの相互送客を狙いとしています。

ルームを確認する限り、現在はまだ試験段階にあるようで、今後本格的な配信が開始されると見られます。

◆SHOWROOMでのライブコマース

ビックカメラのライブコマース

参考:ビックカメラ ライブショッピング(SHOWROOM)

④ オンライン接客による実演販売

ビックカメラが兼ねてより実施してきた店頭での実演販売が、コロナ禍の影響により実施が困難になったことで、2020年9月、ビックカメラ.comではオンライン接客を導入し、専門スタッフがオンライン上で接客するサービスを開始しました。本サービスでは、対象商品ページに設置された専用リンクよりサービスページに遷移し、スタジオで撮影した動画配信により機能の解説などを実演販売形式でわかりやすく説明します。

さらに詳しい説明を聞きたい場合は、ブラウザ上で利用できるビデオ通話「LiveCall」によって専属オペレーターを呼び出して、直接接客を受けることが可能です。LiveCallはECサイト上だけでなく、店頭の商品付近に設置されたタブレット端末からも利用できます。オペレーターは店頭とECサイト同時に対応可能で、オンラインとオフラインの垣根を超えて、店舗同様の接客を受けることを可能にしています

参考:ビックカメラがECサイトで“実演販売”を実現したオンライン接客の仕組みとは(ネットショップ担当者フォーラム)

⑤ ECと店舗で共通のポイント制度で顧客を囲い込む

オフラインとオンラインで共通利用できるポイントシステムは、OMO・オムニチャネルの代表的な施策のひとつです。ビックカメラのポイント「ビックポイント」は、1ポイント=1円として、ビックカメラ.comやビックカメラグループ各店舗で使用でき、ECサイトでの購入で貯まったポイントを使って店舗で買い物を、あるいは店舗で購入して貯まったポイントをECサイトで利用するといったことが可能になります。

ポイントは基本、税込価格の10%と還元率が高く、ビックカメラ内での買い物に使えるほか、JALのマイルやSuicaの電子マネーなど他社サービスとポイント交換もできるためポイントメリットが高いことが特徴です。

◆他社サービスポイントとビックポイントの交換

ビックポイントと他社ポイントの交換例

引用:ビックポイントとは(ビックカメラ.com)

家電商品は数百円から数十万円まで価格帯が広く、また扱う商品の種類も多岐にわたるため、ユーザーのポイント利用率が高く、顧客の囲い込みにも極めて効果的です。

リユース事業強化によるサーキュラーエコノミーの実現

ビックカメラグループでは、先に触れた「デジタルを活用した製造小売物流サーキュラー企業」を目指すDX宣言の一環として、買取・リユースサービスの強化にも注力しています。グループ会社のソフマップは、もともとPCやスマートフォンの中古製品を取り扱っていましたが、中古専門店として関東圏の旗艦店という位置づけで、2024年8月に「ソフマップ池袋店」をオープンしました。

ソフマップ池袋店の出店におけるポイントとなるのが、グループの総合買取サービス「ラクウル」です。ラクウルは不要になった商品を高額で買い取ったり、買い取りに関する相談ができるサービスですが、このラクウルをプラットフォームとして、同店とビックカメラ店舗(ビックカメラ池袋本店/池袋カメラ・パソコン館)が連携し、中古品や新品を求めるいずれの顧客も両店に相互送客できる仕組みを作っています。

ラクウルではアプリもリリースしており、受付や査定、入金までがアプリを通してスムーズに行うことができ、グループ各店のポイントカードとの連携も可能になっています。また、購入した商品をアプリに登録しておくことで、その商品のリアルタイムの買取金額をいつでも確認できる仕組みになっています。

◆「ラクウル」アプリ

ラクウルアプリ

このように、グループで連携をとりながら製品の循環性を高め、サーキュラーエコノミーを実現させており、昨今のトレンドであるSDGsやサステナビリティに準じた取り組みを行っています。

参考:「ソフマップ池袋店」が取り組むサーキュラーエコノミー、関東圏でグループ最大規模の中古・買取専門店に(BCN+R)

“脱家電”で多角的に進化するビックカメラ

今後のビックカメラが目指す方向性のひとつとして掲げているのが「脱家電」です。もともとビックカメラでは、家電製品だけではなく酒類や寝具などの非家電商品を扱っていましたが、現在はさらに非家電の取り扱い品目を増やし、脱家電化に注力しています。

◆ビックカメラの非家電品目

・酒類、飲食物
・寝具
・メガネ、コンタクト、補聴器
・医薬品
・化粧品
・日用雑貨、文房具
・玩具、ゲーム
・家具
・スポーツ用品

これら非家電商品の中でも、特に玩具やゲームは安定して高い売上を持っていますが、特筆すべきは、化粧品や医薬品、日用品が売上を伸ばし、直近の2023年8月期には前期比売上38%増の成長を見せています。これは元来、家電店と親和性の低かった女性に高い支持を得たことが要因と見られます。

家電業界は競争が激しく、今後もますます競争が激化していくと見られています。その中で、各社とも競合他社と差別化を図るため様々な取り組みを行っており、ビックカメラは多くの異業種と積極的に手を組み、新しい客層を取り込んでいくことで競合差別化を図る狙いです。

まとめ

大手家電量販店の業績はいずれも概ね横ばい傾向にあり、今後の急激な成長が難しい業界と見られています。

◆家電量販店上位5社の売上高の推移

家電量販店上位5社の売上高の推移(-2022)

出典:家電量販店業界の動向やランキングなど(業界動向リサーチ)

ビックカメラもコロナ禍に一時的に業績を伸ばしたものの、以降の業績は伸び悩み、コロナ禍以前の業績までのV字回復は実現されていません。このように、業界各社ともマーケティングに苦戦を強いられている中で、いかに他者との差別化を図っていくかが課題になっています。

ビックカメラは、OMO戦略の推進により店舗とECを融合し顧客の購入体験を向上させること、また非家電商品の取り扱い強化による脱家電・多業種専門店化といった取り組みにより競合差別化。成熟し切った家電業界において、ビックカメラを含めた各社がどのような戦略で飽和状態を脱していくかが注目されます。

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